ジャック・オーディアール『パリ13区』コミュニティを描かないフランスの団地映画
大傑作。2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。英題"パリ13区"はセーヌ川南岸に位置する本作品の舞台を指しており、欧州最大とも言われるチャイナタウンがある(『女と男のいる舗道』の舞台でもあるらしい)。そして、原題"レゾランピアード"は、13区南部にある高層住宅団地であり、本作品の主人公の一人エミリーが暮らしている。そんなフランスの団地映画っぽい見た目をしている本作品は、それらの作品が描くコミュニティについて、"コミ"くらいまでしか登場せず、徹底して"個人"について描いているのが興味深い。視点人物は四人(正確には三人半)。台湾系移民三世のエミリーは近くの老人ホームで暮らす祖母の家を一人で守っている。チャイナタウンがあることからも分かる通り、エミリーが暮らす一画は台湾系移民が多く、彼女も同年代の女の子たちとつるんでいる姿は描かれているが、ただ幼馴染といった感じでそこから何かが物語に絡んでくるわけではない("コミ"くらいまで出るのはこういうこと)。彼女のマンションにルームメイトとしてやってきた高校教師のカミーユは、上級資格を取るために休職している。エミリーとカミーユは、それぞれ幼稚さと高慢さから自分勝手という感じで似ているが、前者はコールセンター→中華料理店でのウェイトレスという仕事を"責任感の伴わない"ように働いている分、セックスライフでは安定と刺激を重んじ、逆に後者は高校教師→不動産業という手堅い仕事をしている分、"責任感の伴わない"関係性を好んでいるように思える。
三人目は32歳でソルボンヌ大学に入学したノラである。叔父の不動産業を手伝っていたことで勉学を中断していたが、それを再開しようとパリにやって来たのだった。しかし、彼女はカムガールのアンバー・スウィートに似ていることから(暗い講義室にスマホのライトが火事のように燃え広がるシーンは本作品のハイライトの一つ)、逆にアンバーとカメラを通して親しい関係を築いていく。大学を辞めたノラはカミーユが手伝う不動産屋にヘルプで入ったことで、エミリーを含めた三角関係が完成してしまい、結果的に四人目のアンバーの人物造形が見えないままラストに行ってしまった感じは否めない。ただ、それぞれの仕事上でのデジタルの繋がり(個人対多数)、或いはセックスを通した個人対個人のデジタルな繋がりについて、三人の挿話は人間の視点から見ていたのに対し、アンバーだけはデジタルな画面上の視点だけで語られていたので、これから知っていくという帰結にしたのは納得できる。
四人それぞれが自身の呪縛となるものを抱えていて、それが互いの存在によって可視化され、解呪されていく過程を描いているが、バランス感覚に優れているため、誰かに偏ってもう片方に搾取的に働きかけることなく、程よい距離感を保っているのが良い。それぞれの挿話における呪縛の描き方もテンポが良く、かつ必要十分に語られるのも良い。原作者エイドリアン・トミネを中心に監督オーディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウスという当代きっての精鋭が集結しているので、それぞれが良い感じにそれぞれの味を出しつつまとまっていると思う。
ちなみに、映画はルーシー・チャンのカラオケシーンで幕を開けるが、以前インスタでも鬼滅の刃のどれかの曲を歌っていて、めちゃくちゃ上手かった。ずっと唇ガビガビだったけど可愛かった。仕事を抜け出してTinderでマッチした相手と寝まくってる彼女が職場で踊りだし、後ろで客たちが拍手している奇妙な瞬間は、本作品の中で唯一マジカルな瞬間だった。
追記
私にはパリの事情が分からんので書かなかったが、13区は中流階級が暮らしていて、平均所得も低くないため、本作品を所謂"バンリュー映画"として考えていなかったのだが、友人によると、金持ちが主人公じゃないことや移民を主人公としていることなどを鑑みるとバンリュー映画と呼ぶことが可能らしい。それを踏まえて、友人らとの会話ではバンリュー映画の転換点となるかもしれないと結論が出た。本作品が転換点となるか、ただの外れ値として終わるかは現地の監督たちにかかってるので、是非とも新たなバンリュー映画を見せてほしい。
・作品データ
原題:Les Olympiades / Paris, 13th District
上映時間:106分
監督:Jacques Audiard
製作:2021年(フランス)
・評価:90点
・カンヌ映画祭2021 その他の作品
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