ジョナサン・グレイザー『関心領域』アウシュヴィッツの隣で暮らす一家の日常
2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞イギリス代表。ジョナサン・グレイザー長編四作目。1943年、アウシュヴィッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスは妻ヘドヴィグと5人の子供たちと共に、収容所に隣接するモダンな邸宅に暮らしていた。物語の骨格だけ抜き出してくると、豪華な社宅に住む仕事熱心な夫、一世一代の大仕事、転勤を言い渡されて動揺する妻、自然環境の中で伸び伸びと暮らす子供たち、というありがちな中産階級の物語だが、それら全てがホロコーストと結びついている。しかも自宅は文字通り収容所と隣接しているので、綺麗に手入れされた庭園をいじる奥には収容所の建物や煙が、玄関からは収容所の入り口が見え、時々遠くから銃声や叫び声が聞こえてくる。こんなイカれた環境で暮らす一家はイカれているというわけでも、騙し騙し生活を続けているわけでもなく、単に職場の隣に自宅があるという感じ。彼らの関心事はSS隊員がライラックの茂みを傷付けないかとか、犬が庭を荒らさないかとか、そんなことばかり。神経質な横移動(塀や川)が頻繁に登場するのは、向こう側との意識的/無意識的断絶を物語っているようだ。薄い壁の向こう側で大量のユダヤ人を殺しているという事実には全く関心が向かないという意味で"関心領域"というのは正鵠を射た題名だ。また、その壁の薄さ、白黒反転して登場するユダヤ人の少女、神経質そうに家中のドアの鍵を閉めて回るルドルフ、ダンスホールにすし詰めになるナチ高官を眺めながらどうやったらガス殺できるか考えていたという発言、ヘスとの切り返しでガス室の扉が内側から見えるシーン、などを含めて、容易く反転できるということも示しており、ホロコーストを歴史の事実としてだけではなく一般化しているようにも見えた。ただ、全体的にあざとすぎる気がして、手放しに褒める気分にはなれなかった。高尚なアート映画の枠組みから観察するコンセプトでキャッキャできるような時世じゃねえだろと。邦題にナチスと入れなかったのはありがたい。
・作品データ
原題:The Zone of Interest
上映時間:105分
監督:Jonathan Glazer
製作:2023年
・評価:60点
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