マルガレーテ・フォン・トロッタ『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』謎多きインゲボルク・バッハマンを断片的に観察する
2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。マルガレーテ・フォン・トロッタ長編22作目、ベルリン映画祭のコンペは『Sheer Madness』以来40年ぶり二度目。ヴィッキー・クリープスに実在の人物を演じてもらおう系映画の第二弾(第一弾はマリー・クロイツァー『エリザベート 1878』、三銃士のアンヌ・ドートリッシュはノーカン)。40年前に撮っていたらバルバラ・スコヴァが主演だっただろう。物語は二人+一人の男と付き合っていたそれぞれの時期をバラバラに繋いだ構造を取っている。その三人とはそれぞれチューリヒ在住の劇作家マックス・フリッシュ、ウィーン出身の若き作家/映画製作者アドルフ・オペル、友人で製作パートナーだった作曲家ハンス・ヴェルナー・ヘンツェのことである(ヘンツェはほぼ登場しない)。バッハマンにめちゃくちゃ詳しい人ならご存知のメンツかもしれんが、映画の構造自体がかなり不親切かつ短い断片をバラバラに繋ぎ合わせただけなので、とにかくマックス・フリッシュがクソ野郎ということしか分からない。というか、バッハマンの複雑さが何一つ深堀りされないのでフリッシュの単純なクソ行動だけが印象に残るという残念設計。バッハマンの詩や演説などから引用された台詞はそりゃあもう洗練されてはいるが、断片的すぎて薄っぺらく感じてしまう。公的行動と私的行動が広義矛盾している女性偉人の伝記という意味では、スザンナ・ニッキャレッリ『ミス・マルクス』を思い出したが、同作のほうがまだ人物像に深みがあった(ニキャレッリを褒める日が来るとは思わなかった)。バッハマンに似せたヴィッキー・クリープスを画面に置いて満足しちゃった感あり。そして、史実なのかもしれないが安直な"悩める白人砂漠へ行く"展開も、題名になるくらいだから興味深い展開でもあるのかと期待したが、特にそんなことはなかった。
ということで2023年ベルリン映画祭のコンペ選出作品は全て見終わった。私的受賞結果は以下の通り。
金熊:『ミュージック』
審査員グランプリ:『ブラックベリー』
審査員賞:『Bad Living』
監督賞:チャン・リュル (『白塔の光』)
主演賞:Naíma Sentíes (『夏の終わりに願うこと』)
助演賞:テア・エーレ (『Till the End of the Night』)
脚本賞:フィリップ・ガレル (『ある人形使い一家の肖像』)
芸術貢献賞:Leonor Teles (『Bad Living』撮影に対して)
・作品データ
原題:Ingeborg Bachmann - Reise in die Wüste
上映時間:110分
監督:Margarethe von Trotta
製作:2023年(ドイツ, オーストリア, ルクセンブルク, スイス)
・評価:40点
・ベルリン映画祭2023 その他の作品
★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『ミツバチと私』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
3 . リウ・ジエン『アートカレッジ1994』中国、芸術と未来に惑う青年たちの肖像
4 . João Canijo『Bad Living』ポルトガル、愛が彷徨う迷宮ホテルで
5 . マット・ジョンソン『ブラックベリー』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
6 . Giacomo Abbruzzese『Disco Boy』正面から"美しき仕事"をパクってみた
7 . マルガレーテ・フォン・トロッタ『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』謎多きインゲボルク・バッハマンを断片的に観察する
8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
9 . ジョン・トレンゴーブ『Manodrome』インセル集会に出てみたら…
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『パスト ライブス / 再会』輪廻転生の恋と現世の恋
13 . フィリップ・ガレル『ある人形使い一家の肖像』ガレル家子供世代の将来は如何に
14 . チャン・リュル『白塔の光』中国、心の中の"影なき塔"
15 . エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語
16 . ロルフ・デ・ヒーア『サバイバル』植民地主義と人種差別への諦めと絶望
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
18 . クリストフ・ホーホホイスラー『Till the End of the Night』トランスフォビア刑事、トランス女性と潜入捜査する
19 . リラ・アヴィレス『夏の終わりに願うこと』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ
★エンカウンターズ部門選出作品
1 . ウー・ラン『雪雲』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
3 . マリカ・ムサエヴァ『鳥かごは鳥を探す』チェチェン、慣習から逃れられない三人の女たち
7 . バス・ドゥヴォス『Here』ベルギー、世界と出会い直す魔法
9 . ホン・サンス『水の中で』ほぼ全編ピンボケ映画
11 . João Canijo『Living Bad』ポルトガル、子供を支配したい毒親三部作
13 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
14 . ロイス・パティーニョ『サムサラ』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . サボー・シャロルタ&バーノーツキ・ティボル『プラスティックの白い空』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で