フランチシェク・ヴラーチル『Concert at the End of Summer』金のための作曲は正しいことなのか
フランチシェク・ヴラーチル長編10作目。初の実在の主人公として選んだのはチェコを代表する作曲家アントニン・ドヴォルザークだった。ロイヤル・アルバート・ホールでの公演を目前に控えた彼は、F-Gis-E-Fの四音に胸騒ぎを覚えて、その足でプラハに帰郷しながら、妻や義姉に出会った頃を思い返す…という『Magician』にも似た構造を持っているが、こちらはシンプルな回想録である。義姉ヨゼフィナは舞台女優で、ドヴォルザークが劇場オーケストラに参加していた時代に出会った魅力的な女性だったが、あっという間に貴族と結婚してしまい失恋。しかも、その貴族が書いたクソみたいな楽譜をミニ演奏会で批判したため干されてしまう。それを救ったのがヨゼフィナの妹で後の妻となるアンナだった。冒頭から、ヨゼフィナに目を奪われて一人だけ演奏を続ける、ミニ演奏会で楽譜を直し始める、など集中したら周りが見えなくなるドヴォルザークの性格を的確に表現しており、どうしてもダイジェスト的になってしまう伝記ものとヴラーチル的テーマ"内省"とのバランスの良さを感じさせる。劇中でも言及される通り、ヨゼフィナとアンナはドヴォルザーク=アダムを中心に、リリスとイブの関係性にあり、間接的ながら彼を闇に引きずり込む前者と光に戻す後者を対比させている。基本的には芸術家の精神世界と現実を彷徨うように、ふらふらと記憶を巡っていくため、楽譜を書いてふと顔を上げるとめちゃくちゃ子供に囲まれていたり、次のカットで時間がかなり経っていたりと、これまでの作品に比べると格段に自由度が高い。ただ、内容に関しては"金のために仕事をするのが正しいのか"と思い悩み、家族との関係も思い悩む天才芸術家という、いつもの感じ。あと、次の『Serpent's Poison』のように、ドヴォルザークが控えめにカメラを睨むシーンが何度かあった。『Serpent's Poison』同様、映画製作への自信のなさの象徴のようで、心が苦しくなった。
気難しい芸術家の主人公と二人の女性(ヨゼフィナ=憧れ・やりたい事、アンナ=二番手・やりたくない事という関係性)、過去と現在と未来という時制、実在の人物を扱いながら厳密な伝記ものではないなど、後の『Magician』に通じる要素が数多く揃っており、本作品での不満点を解消しようとしたのだろうと想像してみる。しかし、本作品では家族や弟子に囲まれて"金のために作曲するのも悪くない"みたいな終わり方をするのに対して、『Magician』ではやりたくない事を選択した結果死んでしまうという身も蓋もないエンディングを迎えるので、キャリア上で構造の反復を繰り返すうちに状態が悪化していくのはここでも適用されてしまう。どちらの作品も、もう少し洗練されていれば『無限』とか『永遠と一日』みたいな内省映画の最高到達点に近付く気がするんだが一歩及ばず。
・作品データ
原題:Koncert na konci léta
上映時間:103分
監督:František Vláčil
製作:1980年(チェコスロバキア)
・評価:70点
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