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Hüseyn Mehdiyev『Strange Time』アゼルバイジャン、父を介護する娘を襲う悪夢

人生ベスト。フセイン・メフディエフ(Hüseyn Mehdiyev)長編五作目。監督は1943年、アゼルバイジャンはシェキ生まれ。1962-1967年にかけてアゼルバイジャン工科大学で学び、卒業後は5年ほど国営新聞や雑誌社で働き、1972年からは全ロシア映画大学で学ぶ。1977年に卒業後はアゼルバイジャンフィルムスタジオで撮影監督として勤務、1984年からは長編映画製作も開始した。民主化以降、1993年から2001年までアゼルキノビデオという映画撮影分野を統括する会社(?)で最高責任者を務めた他、国家映画基金や映画監督協会を設立するなど、現代アゼルバイジャン映画界の基礎を作った。本作品は独立後に製作されたメフディエフ最初の長編映画である。主人公レイラは長年に渡って父親の介護を続けてきた。かつては画家だった父親は、飼っていた鳩を助けようとして屋上から転落し全身麻痺になってしまった。入院を勧める医者の言葉を振り切って自宅に連れ帰ったレイラは、恋人オルハンに出ていかれ、父親が介護士に反抗するので仕事を辞めざるを得ず、心身ともにボロボロになっていく。父親が世話していた鳩が部屋の中を飛び回るという不衛生すぎる環境は、この部屋がレイラにとっての"閉じた世界"であることを暗示させる。父親が鳩を虐待する描写もレイラへの対応と重なる。彼女は室内に置かれた飛べない鳩なのだ。二重露光による視覚と現実の乖離表現もまた、彼女が蟻地獄のような"閉じた世界"に囚われていることを視覚化する。この二重露光による落下と上昇の中断(或いは幻影的な延長)はモノクロの回想の中で起こるのも相まって、悪夢的という以上に見てはいけないものが紛れ込んだような感覚があった。ボロボロになっていくレイラの顔ばかり撮ってるのとか、この二重露光のおどろおどろしさとか、実にサイレント映画っぽい。実はメヒディエフは後にアゼルバイジャンのサイレント映画『Maiden Tower Legend』(Vladimir Ballyuzek版)の修復総指揮を担当しているのを後から知って納得した。他にも『ローズマリーの赤ちゃん』『反撥』などのアパートホラーの文脈にも乗っているだろう。下心しかなさそうな隣人、隣室から聞こえる父親の高笑い、窓の外は雪か雨、色を奪った状態という意味でのモノクロといった色/音/空間が渾然一体となり、レイラの精神世界を作り出していく。そして、終盤にかけて、レイラはそれらを一つずつ取り戻していく。止まった時を動かして、鳩を解放し、バイオリンを奏で、風に舞うカーテンを見ながら窓を開け放つのだ。冒頭の、父親のうめき声を聞いて起き上がるシーンで、全開の窓から吹き込む風で画面の大部分を白いカーテンが占めるという不穏な瞬間が続いたが、実はこれが希望だったという反転の見事さ。

追記
序盤のまだオーケストラにいた頃、恋人が去ってしまった次のシーンで泣きながら演奏を続け(Bach : Concerto for two violins in d minor BWV1043)、指揮者が止めて他のメンバーも演奏を中止したのにも気付かず暴走し続け、そのあまりの気迫に他のメンバーも気圧されて中断していた演奏を再開するシーンがマジで好き。

・作品データ

原題:Özgə Vaxt
上映時間:83分
監督:Hüseyn Mehdiyev
製作:1996年(アゼルバイジャン)

・評価:100点

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