イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』この世の罪を背負う超越者としてのロバ
傑作。2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。1989年の『春の水』以来33年ぶり6度目の選出。今回の主役はEOと名付けられたロバである(くまのプーさんに登場するイーヨーから来てるのだろうか?)。ポーランドのサーカスに居た彼が紆余曲折を経てイタリアまで辿り着くまでの旅を、第三者目線の映像とPOV代わりの画面端がボケた映像が混ぜ、現実や現実とも思えない超自然的な展開などを織り交ぜて描いている。企画の発端は妻であり共同脚本家のエヴァとの話し合いの中で、自分も観客もリニアな語り口にうんざりしていて、どうやってそこから抜け出すかを考えた結果、動物を主人公にしたら退屈な台詞群から解放されるのではという考えに至ったからとのこと。そして、一般的にバカとかノロマというイメージのあるロバだが、スコリモフスキ夫妻がロバを主人公にすると"発見"した際に、その賢さと繊細さに気付いたという。確かに本作品におけるロバは全てを知り、全てを目撃しながら、全ての罪を引き受けるような存在であり(ブリュノ・デュモン『フランドル』かな?)、もはや人間がロバとして認識しているだけの別の"聖なる存在"なのではないかと思えるほど神々しい場面もしばしば訪れる。死にかけて魂がロボットの形状で登場するのは、ロボット自体が動物の動きを真似て作られたある種"プリミティブな動物"、つまり四足歩行生物のイデアのような存在であることから、生死すらも超えた"存在"となったことと同義で、だからこそラストを含めたそれ以降の展開も"君にはロバに見えているんだね"といった不思議な感じに思えてくる。
現代の『バルタザールどこへ行く』と語られている通り、本作品と同作は様々な場所で比べられているが、スコリモフスキと『バルタザールどこへ行く』の出会いが興味深い。まだポーランドで無名の新人監督だった1966年、カイエ・デュ・シネマから"君の『不戦勝』を年間ベスト10の2位にしたからインタビューしたい"という連絡を受けたスコリモフスキは当然のように"1位は何だ?"と返し、それが『バルタザールどこへ行く』だったという。当時は知らなかったらしいのだが、それによって観に行って号泣したと同じインタビューで応えている。また、ロバはキリストのエルサレム入城に使用されたなどの宗教的シンボルでもあり、ブレッソンはその意味でもロバを"バルタザール"(つまり東方三博士の一人)としたわけだが、スコリモフスキは宗教的側面は重要視しておらず、『バルタザールどこへ行く』についても"数十人の登場人物の一人であり彼についての物語ではないが、私の映画では一匹のキャラクターに特化している"と応えている。ちなみに、ブレッソンは思った通りに動いてくれないロバに1時間に渡って"演技指導"をしてスタッフが爆笑を堪えていたという逸話があるのだが、スコリモフスキは撮影の合間に優しい言葉を掛けることで"絆"が生まれたとしている。
興味深いのはEOが働く馬の牧場で、室内で馬が運動するために作られた装置をマイブリッジのズープラクシスコープのように描いていた点だろう。他にも馬と一緒に登場する場面も多く描かれるが、その都度、画面から馬を追い出して映画自体を奪い返すのが、なんだか"これは馬の映画じゃないんだ、君には譲らんよ"という、映画から排除されてきた弱者の眼差しを感じるなどした。
・作品データ
原題:IO
上映時間:88分
監督:Jerzy Skolimowski
製作:2022年(イタリア, ポーランド)
・評価:80点
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