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Živko Nikolić『美しき罪の神話 (The Beauty of Vice)』モンテネグロ、古き法と美しき悪徳

大傑作。ジヴコ・ニコリッチ(Živko Nikolić)長編五作目。モンテネグロの山間部は何世紀もの間、厳格な掟に支配されていた。冒頭ではこんな事例が紹介される。自宅に帰ってきた主人は、玄関から半裸の男が逃げ出すのを目撃する。妻が不倫していたのだ。すると妻は諦めたように泣きながら"命を差し上げます"と言って顔より大きいパンを黙々と焼き始める。そして翌早朝から夫婦は小高い丘の上に登り、妻は無言で頭の上にパンを掲げる。主人はそのパンごと妻の頭をハンマーで叩き割る。これが不倫への罰だというのだ(ちなみに叩き殺される不倫妻はニコリッチの妻Vesna Pećanacが演じている)。そんな"妻は夫の所有物"という考えを信じ切る村で、ヤグリカはルカと結婚する。この村から都会に出て成功したというジョルジアという軽薄な男は妻をガン無視して二人を都会に誘い、数年経って田舎の暮らしに我慢ならなくなった二人はその口約束を信じて都会にやって来る。女好きなジョルジアは駅でナンパしては川辺にある洗濯所に斡旋したり、ヌーディストリゾート島の従業員として上納したりする生活をしており、ちょうどいいタイミングで現れた二人を丸め込んで、ルカをゲイの紡績工場長に売り、ヤグリカをリゾートへと送り込む。あまりにも田舎者なので、伝統衣装を着た芸人だと思われて観光客に写真を撮られたり、娼婦を医者だと思っていたり、隣室の喘ぎ声を今際の声と勘違いしたり(普段はヤグリカの顔に黒い布を被せてセックスしてる)、田舎者のカルチャーショックジョークもありつつ、ジョルジアは基本的に純粋な二人を搾取しようと決め込んでおり、問題が起こる度に二人を良いように使い倒している。

ヌーディストリゾート島で働き始めたヤグリカは、あまりに恥じらいもなく常に全裸でいる外国人観光客たちを目の当たりにし、初めて解放感や自由を感じて自我が芽生え始める。厳重に警備された離れ小島にあるリゾートはある面でユートピアのようでもあり、ヤグリカは自立への第一歩を踏み出していく。ただ、一方的に性の開放と西欧への憧れを理想的に描いているわけではなく、外資を獲得する場所であり、現地の若い女性を従業員にしていることからも搾取的な側面も映画は隠さない。そして、不自由なモンテネグロと自由な西欧という二項対立構造に単純化しているわけでもない。モンテネグロにおける田舎と都会の対比はあるが、都会(ジョルジア)とヌーディストリゾート島の搾取的な側面と不均衡さに大きな違いはない。ジョルジアが虐待的に妻に接するのを視覚化しているのでインパクトは相対的に強くなるが、ギリシャの大富豪のねっとりした目線や担当したカップルのあからさまな誘惑など、リゾートの方もヤグリカの成長以外の側面は肯定的に描いていない。しかしそれら複雑な自由に比べて、不倫したらぶっ殺すという田舎の法が最も単純という対比は興味深い。

ルカの人物造形も興味深い。ジョルジアの策略で無職になったルカは、ジョルジアの仕事を手伝いながら基本は家か酒場にいて、ヤグリカの帰りを待っている。彼の描き方としては、自分に有利な伝統には特に文句がないので従っているという感じで、男尊女卑な伝統をブン回してヤグリカを従わせるというタイプではなさそうだ。そんな彼は非道すぎるジョルジアや自我の芽生えつつあるヤグリカを目の当たりにし、戸惑いを重ねていく。彼は伝統を守ることでヤグリカを守れると考えているが、徐々にその二つが乖離していくことに頭を悩ませている。衝撃的なラストは、彼がその矛盾に気が付き、後者を選んだ結果なのだろう。夢を夢で終わらせないビターさが非常に好きだった。

追記
冒頭の、"これはいつの時代なんだろうか?"と思わせる感じから、終盤の家父長制に囚われた男女を提示する展開に至るまで、本作品はブルガリア映画『Manly Times』を思い出させる。本当に似ているのだ。

・作品データ

原題:Lepota poroka
上映時間:109分
監督:Živko Nikolić
製作:1986年(モンテネグロ)

・評価:90点

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