『役職は貸し衣装』という考え方が自律型の強い組織をつくる理由
1. はじめに:役職はゴールではなく道具である
「役職は貸し衣装」とある管理職のクライアントさんのコーチングセッションをしている時に出てきた言葉です。
これは、役職は一時的に与えられるものであり、それを使って何を成し遂げるかが重要だという考え方です。日本企業では、55歳前後で役職を退く「役職定年制度」を設けている企業が少なくありません。しかし、役職を自分の価値と誤認してしまうと、定年後にモチベーションが低下し、組織全体の活力が失われる可能性があります。
最近では役職定年制度を廃止する企業も増えてきています。この背景には、労働力人口の減少や経験豊かなシニア人材の活用といった課題があります。特に、年齢に関わらず実力や成果で評価する動きが強まっており、役職定年制度の見直しが進んでいます。
コーチングを通じて多くの企業の支援をしていて感じるのは、これらの理由に加えて、役職定年を迎えた方達のモチベーションの低下も役職定年制度廃止の流れの理由になっていると感じます。
本来、役職定年制度には次世代リーダーの育成や組織の新陳代謝を促進するというメリットがあります。新しい視点や発想を取り入れ、組織全体の活力を維持するための仕組みとして導入されてきました。
2. 役職に依存するリーダーのリスク
役職に依存するリーダーには、次のようなリスクがあります。
2-1. 指示待ち部下の増加
役職者が立場を利用して「自分の言うことを聞かせる」姿勢で部下と向き合うと、部下は指示を待つ受動的な姿勢になりがちです。自分で考え、行動する文化が育たず、イノベーションの芽が摘まれてしまいます。
2-2. 役職定年後のモチベーション低下
役職を「自分の価値」と捉えてしまうと、定年後に役割を失ったと感じ、自己肯定感が低下します。その結果、組織への貢献意欲が減退する可能性があります。
2-3. 部下の成長機会の減少
本来のリーダーシップを発揮できていない役職者が自己承認のために業務を抱え込むと、部下が成長する機会が失われ、次世代のリーダー育成が遅れてしまいます。
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3. 貸し衣装としての役職を受け入れるメリット
では、役職を貸し衣装と捉えた場合、つまりは役職は自分自身ではなく組織やチームをより良くするためのもので、自分はその道具を預かっているのだという捉え方をした場合には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
3-1. 自分の強みや経験をフル活用できる
「役職を任された今、自分には何ができるのか?」と考えることで、主体的に行動する意識が芽生えます。役職という「道具」を使って、組織に価値を提供しようとする姿勢が生まれるのです。
3-2. 組織への貢献意識の向上
役職を道具として捉えれば、「役職がなくなった後も組織に貢献できることは何か?」と考えるようになります。その結果、役職定年後も社内外で活躍する人材が育つ可能性が高まります。
3-3. 自律的な組織文化の醸成
役職に依存しないリーダーシップを持つ人材が増えると、役職に関係なく意見を出し合い、挑戦する文化が育ちます。組織はより柔軟で成長志向の強いチームへと進化します。
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4. 役職に依存しないリーダーシップを育む4つのアプローチ
役職に依存しないリーダーシップを育てるためには、例えば次の4つのアプローチが効果的です。
4-1. 「役職は期間限定のミッション」というマインドセットを浸透させる
役職は「組織から託されたミッション」であり、永遠のものではありません。研修やコーチングを通じて、「任期中に何を成し遂げるか」を考えさせる機会を設けることが大切です。
ワークショップ例:
自分の役職があと1年で終わるとしたら、何を優先するか?
その役職を引き継ぐ後継者に何を伝えたいか?
4-2. 「ミッション評価制度」を導入する
上席と協議をして自分の役職のミッションを定義し、進捗や成果を定期的に振り返る評価制度を導入します。これにより、役職期間中の成果が可視化されるだけでなく、役職後もその経験が次のステージで活かされる基盤が作られます。
評価のポイント例:
役職期間中にどのような組織的変化を促進したか
部下の成長をどのように支援したか
役職後に引き継ぐべき知見や成果物をどのように残したか
4-3. 後継者育成の「貸し衣装試着体験」を設ける
若手リーダーに、プロジェクトリーダーや重要な会議での発表を任せる機会をつくり、「役職体験」を提供します。仮の役職でも、実際にその役割を経験することで、自分のリーダーシップスタイルや強みが見えてきます。
4-4. 「貢献の可視化」、「失敗を許容する文化」「チャレンジを称賛する文化」を育てる
役職の有無に関わらず、組織に貢献した人を称賛する文化を育てます。加えて、挑戦した結果の「失敗」も成長のための重要な経験として認め、許容する文化を醸成します。
具体的な取り組み例:
チャットツールでの「いいね」機能を活用して、成功事例だけでなく、挑戦したプロセスを共有し称賛する。
社内表彰制度を見直し、チャレンジ精神を発揮した取り組みを積極的に表彰する。
失敗談を共有する「チャレンジミーティング」を定期開催し、挑戦しやすい心理的安全性を確保する。
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5. 役職定年制度を超えたリーダーシップの可能性
このような取り組みを通じて、社内のリーダーシップが醸成されれば、そもそも「役職定年制度」が導入された理由である 次世代リーダーの育成 や 組織の新陳代謝の促進 といったメリットが自然に達成されます。
一方で、役職定年制度を廃止する企業が増えている背景には、経験豊かなシニア人材の活用 や 役職定年を迎えた方たちのモチベーション維持・向上 という目的があります。
こうしたアプローチにより、役職定年制度を維持する企業 であっても、廃止を選んだ企業 であっても、組織の活性化や人材の成長促進といった共通のメリットを享受できると考えられます。
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6. まとめ:役職を超えて、組織に何を残すか
役職は「貸し衣装」みたいなものです。着ている間は、その道具を最大限に活用し、組織に貢献する。その意識が、リーダー個人の成長につながり、組織全体を強くします。
役職という道具は、「自分が何を得るか」ではなく、「何を組織に残せるか」を考えるためにあるものです。これを「貸し衣装」として受け取り、期間限定のミッションに全力で取り組む姿勢が、リーダーの本質的な力を育みます。
また、役職定年制度を維持する企業 にとっても、廃止を選んだ企業 にとっても、リーダーシップ醸成の取り組みは重要です。役職を「貸し衣装」という道具と捉え、その期間を最大限活用する意識があれば、制度に関係なく組織は成長していくでしょう。
こうした個々の意識変化が、結果として組織全体の柔軟性や主体性を高め、強い組織を育むことにつながるのです。
あなたが「貸し衣装」という道具を脱ぐとき、どんな価値を組織に残しますか?