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【読書感想文】ときどき旅に出るカフェ / 近藤史恵

📚内容(BOOKデータベースより)
平凡で、この先ドラマティックなことも起こらなさそうな日常。自分で購入した1LDKのリビングとソファで得られる幸福感だって憂鬱のベールがかかっている。そんな瑛子が近所で見つけたのは日当たりが良い一軒家のカフェ。店主はかつての同僚・円だった。旅先で出会ったおいしいものを店で出しているという。苺のスープ、ロシア風チーズケーキ、アルムドゥドラー。メニューにあるのは、どれも初めて見るものばかり。瑛子に降りかかる日常の小さな事件そして円の秘密も世界のスイーツがきっかけに少しずつほぐれていく―。読めば心も満たされる“おいしい”連作短編集。


📚読書感想文
美味しい短編集、といえば可愛らしく聞こえる。それは決して間違いじゃないと思う。しかし、それだけでは表せない魅力が本書にはある。ぜったいに。
主人公をはじめ、どこか共感してしまう登場人物たち。愛らしいだけじゃないカフェの店主。彼らが織りなす物語には、喜怒哀楽がぎゅっと詰められている。
登場するスイーツはどれも未知のものだが、わくわくさせられる。まるで旅に出ているような楽しみがある。海外諸国の異文化に触れる喜びも感じられる。そこに、ぽつぽつと落とされる人生やマイノリティの哀感。そしてなにより、わたしがこの物語の主題であると感じたのが「視野を広く持て(世界はこんなにも多様だ)」というメッセージと、ひとつの「怒り」だ。これは詳しく書くとネタバレになる。
のほほんとした雰囲気で展開する日当たりのいいカフェで、わたしたちはたくさんの感情を目の当たりにすることができる。まるで、一冊を通してカフェ・グルマンを食べたような気持ちになった読み応えであった。
(カフェ・グルマンがどんなものかは、ぜひ作品を読んでみてくださいね🧸🍒)


(以下、ネタバレを含みます。)

知らない文化を目の当たりにしたときの喜びと驚きには、計り知れないものがある。子どもの頃はよく感じ、その都度わくわくしたものである。しかし、日本で生まれ日本で育ち大人になると、そんな驚きに出会えることはもうなかなかない。
その点、海外旅行とは素晴らしいもので、言葉や宗教や衣食住の生活や、いともかんたんに異文化に触れ、あのわくわくを感じることができる。
とはいえ、景気も良くないなか働いていて、生きているだけで疲弊する世の中で、海外旅行に出るというのもなかなか難しい(もちろん行ってる人たちもたくさんいるけれど)。金銭面の問題や、スケジュール調整。同行者をどうするか。単身行くのは心細い。言葉も自信ないし。。主人公の瑛子(37歳OL・独身)もそうだった。家と職場の往復。これといった趣味もない。癒やしの場は両親に反対されながら購入した自宅マンションのソファのうえ。どうも結婚もしそうにない。したくないわけじゃないけど、そんなに情熱もない。とはいえときどき不安になる。典型的な現代人という感じがする。
そんな瑛子が、円の経営するカフェを訪れるところから物語が展開する。円は瑛子のかつての後輩だった。入社半年ほどで「カフェをやりたい」と退社していった(実際はそれだけではなかったようだが)。瑛子はその時「そんなに甘くない」と厳しい意見を投じ、それをほんのり後悔していた。
いっぽう円はそれを根に持つ様子もなく、瑛子をもてなす。飲んだこともないようなドリンク・アルムドゥドゥラーを出し、瑛子を驚かせる。円はときどき旅に出て、出会う美味しいものたちを自店のメニューに還元しているという。だから馴染みのないものも多いし、そのぶんあらたな驚きに出会うことができる。旅の疑似体験みたいなものだろうか。
円の店「カフェ・ルーズ」をすっかり気に入った瑛子は、足繁く通うことになる。序盤〜中盤にかけては瑛子の生活でいくつかの問題が起こり、それを円が解決していく。問題はどれも些細ながら、さながら推理小説のようである。結婚詐欺。再婚について。不倫問題。無くなったお菓子の謎。等。解決のきっかけになるのはいずれも海外諸国のスイーツたち。要はものの見方なのかな、と感じる。メリー・ポピンズの挿入歌「Spoon full of suger」を思い出した。円の視野の広さと考えの柔軟さは、旅によって培われたものなのかもしれない。
後半は、円のパーソナルなことにフォーカスした章が続く。過去の上司や、家族問題、「恋人はいるけど結婚するつもりはない」といった発言の真意。瑛子の表現から、齧歯目の小動物を連想させる円だが、その芯の強さには目を見張るものがある。

なぜ、我関せずには責任が問われないのか。一見お節介のようにも感じていたこれまでの円の言動が、一気に腑に落ちた。
これは関わらないでおこう。面倒くさそうだから。エネルギーを使うから。責任を問われたくないから。わたしにも経験がある。すこしでも関われば、何かあったときに責任を問われる。関与しないを選んだ者たちから。でもそれってどうなんだろう。
一貫してのんびりとした雰囲気の作品だが、主題の一つとも感じられるそれには怒りの色が見える。大好きなお祖母ちゃんの死に際に我関せずを選び、しかし相続については口喧しく訴えてくる家族たち。たぶん円は、たくさん傷ついてきたし、泣いただろうし、憤ってきたと思う。大切なものは何か、選び取ったのだと思う。だからつよい。
わたしたちは、いつもなにかを選ばなければならない。たとえば、結婚や就職を選べば自由を失うし、自由を選んでも不安や虚しさに襲われることがある。都合良くはいかないもので、何かを得るには何かを失わなきゃいけない。瑛子は、自由を選んだために時折虚無感に襲われる。結婚を選んだ者は自由を失う。円は自身と祖母の城を守るために家族を失う。悲しいけれど、それが世の中の常かもしれない。
でも、わたしたちは何を選んだっていいのだ。自らの責任と覚悟があれば、どんな決断だってできてしまう。正解も誤りもない。せまい世界の常識に押し込められるなんてナンセンスだ。世界はこんなにも広いのだから。

ひろい窓とゆったりとした空間。海外諸国のスイーツ。朗らかでかわいらしいのに、芯の強い円のいるカフェ・ルーズ。
わたしも行ってみたいなと思った。ツップフクーヘンが食べてみたい。

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