ミゾタ・ケンイチ

溝田健一 / 1975年 山口県生まれ / 神奈川県在住 / 詩の周辺⇒ https://twitter.com/kmztontw / イラスト⇒ https://enpitsu-sozai.com/ さんより

ミゾタ・ケンイチ

溝田健一 / 1975年 山口県生まれ / 神奈川県在住 / 詩の周辺⇒ https://twitter.com/kmztontw / イラスト⇒ https://enpitsu-sozai.com/ さんより

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2019年秋から始めた言葉/詩の造形作業。 "ロゴス"(論理)から遠く離れて、 "ピュシス"(自然)に限りなく近づいていく、 その困難な作業から生まれたものを記録しています。 Ⅰ.自然/ひと 「意図なき調べ」 「よるのはごろも」 「音世界」 「わたしたちは水」 「言葉のない世界のことば」 「奔流」 「秋の死」 「宴」 「あえかなる」 「補正」 「詩(うた)」 「公転」 「交換」 「濾過」 「跳ねた」 「うつくしく」 「組成」 「振り子」 「芽」 「空」 「雫」 「雨やどり

    • 記憶の蓋をあけるまでもなく

      記憶の蓋をあけるまでもなく そこかしこから沸きあがるけむりの 渦に囲まれて 渾然と わたしの城が浮かびあがる ひかりを遮り 煤をはなち 景色を色濃く塗りかえながら 城はゆらめき またたき 刻一刻と姿を変える けむりの渦は 混然と溶けあって わたしの城は 蒼然と混じりあって ひとつの終わりの絵図をつくる   * 林のかげから あえかな音色が きこえてくる いくすじものけむりが あえかな音いろに ゆれなびく めをとじると  音いろのおくに あわくちいさな記憶がうつる

      • 意図なき調べ

        からだを纏う皮膚のうえを 幾つもの音の粒が粟立ち流れ 耳孔の奥へと吸い込まれ 深くからだの襞に浸む 皮下の隙間をたどるように いくつものせせらぎが生まれ その先の屹立する脊髄に 細やかに滝が流れ落ちる その限りのない水音に 森の奥の脳波は憩い 遠く焚き火のはぜる音が 絶えなき心音を温める 大小の雨音に濡れながら 臓腑は収縮を繰り返し 鳥や虫の声に谺して 神経線維は伸びをする そしてこころは…… 洞に投げ込まれた小石のように 固く握りしめた意図を手放し 辺りに満ちた音に

        • 日常を悼む

          通夜の代わりに歌謡を流し 読経の代わりに昔を語り 装束の代わりにポロシャツを着せて 喪服の代わりに普段着を着て 合掌の代わりに手を振りながら 父はすっかり灰になった 先祖の代わりに愛猫と並び 遺影の代わりに旅姿を掛け 位牌の代わりに想い出を灯し 線香の代わりに珈琲を淹れ りんの代わりにカップを傾けながら 父はほどよくそこに収まった   * 父の逝き先は 日常のほんの少し先を行った辺り 残った者は日常のなかで 日常を通して父を悼む あとに残された父の業を 一つひとつ

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          父とのおわかれ

          傍らに辿り着いたとき 殆んどの父はすでにその場を去り 最後の一人がしずかに寝息を たてていた 寝息は折々に乱れ ときに大きく顔を歪ませながら 内なる燈が細くゆれるさまを 味わっていた 最後の父は口数少なく もうすべてを語り終えてしまったかのように 虚無をも映す顔つきで じっとその身を堪えていた 先にこの場を去った父たちは どの辺りを歩いていったのだろうか? 最後に残った父の眼は どの辺りを見ていたのだろうか? 声をかけ手を握るも もうどこまでも父は独りで ときに口に水

          夢のあしあと

          彼方此方を訪ね歩き 彼の地此の地の天を仰ぐ 見果てぬ道の 見知らぬ空の 疲れを知らぬ 夢とんぼ

          盆がゆれる

          盆がゆれる  盆がゆれる 世間という名の盆がゆれる 威勢のいい者 しずかな者 みなそれぞれに闇を行く 脚を取られて躓き泣いて 盆がゆれる  盆がゆれる わたしという名の盆がゆれる 生まれたままの千鳥足 あちらへ行ったりこちらへ来たり よろめくからだに血がきしむ 盆がゆれる  烈しくゆれる 右に左に 天に地に 追いたて摘ままれ弾き出され 小突かれ端折られ蹴落とされ この世の地獄かそれとも夢か 盆を手にとる輩はだれか 神か仏かそれとも悪魔か 悪魔の顔したひとの手か

          よるのはごろも

          じんわりと おもく すこしずつ しずみおちてゆくように ぼんやりと ながく とどまりつづけてゆくように うずくまり ふっといきづき ほどけたはしから ほっとやすらぎ まとうのでなく まとわないのでなく すっぽりとつつみこまれてゆくように ただ しずみゆくにまかせ ただ しのびゆくにまかせ しずかに そしてしめやかに ふりつもっては すべりおち すべりおちては ふりつもり きよらかにあわく てらされて しんしんと もくしたたずむ

          よるのはごろも

          蛇仏 ―夢十夜/第四夜より―

          今になる 今になる まことの噺か、戯れごとか 見ておろう 見ておろう かんじん縒りした浅黄の手ぬぐい 蛇になる 蛇になる まことの噺か、戯れごとか きっとなる 笛が鳴る 真鍮製の飴屋の呼び笛 見ておろう 見ておろう 地べたのうえで、輪を描いて きっとなる 蛇になる 草鞋をつま立て、ぬき足さし足  爺さんの――    歳はいくつか、おうちはどこか  何処へ行くのか        ――あっちへ行くよ 夜になる 歩き出す 河のなかへ、ざぶざぶと 深くなる 見えなくなる 髭もあ

          蛇仏 ―夢十夜/第四夜より―

          全きひとつのわたしに

           一 ゆらゆらとつづく道の途中に ふいにあなたはそこにいた わたしが一生をかけてわたしになる その日のためにあなたはそこに  二 あなたは一人の青年で ぬかるむ道を歩いていた わたしが歩いていたかもしれないその先に あなたはひとりで行ってしまった あなたは一人の恋人で 記憶のなかに泣いていた わたしも分かちあっていたはずのその夢に あなたは鍵をかけてしまった あなたは一人の老人で 気がつけばいつもそこにいた わたしが流した涙のすべてを あなたは空へと預けてしまった  

          全きひとつのわたしに

          文字のなかへ

          きみの背中のまんなかあたりに 小さく書き付けられた文字 時代を超えて 世代を超えて 小さく書き綴られた文字 ひとりの風がきみに問う きみをここまで運んできたのは 名もなき文字が空から連なり きみへの便りを託したから ひとりの獣がきみに問う きみが手にした幾多のものを 陽の下でかたくあたためて この地に還すその日まで きみはひとり読みつづける 背中に書かれた文字のなかへと 砂利道を行き 石段を登り 背中の文字は待ちつづける きみが歩いた道のすべてを たたえもせず そしり

          百年の女 ー夢十夜/第一夜よりー

          静かな声でもう死にますと 長い髪を枕に敷いて 真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して    とうてい死にそうには見えない    しかし女は静かな声で、もう死にますと云った 死にますとも 長い睫につつまれた大きな潤いのある眼で 眸の奥に私の姿を鮮かに浮かべて    これでも死ぬのかと思った しかし    私はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った 死ぬんですもの、仕方がないわ 黒い眼を眠そうにみはって にっこりと笑って    すると黒い眸のなかに鮮かに見えた私の姿

          百年の女 ー夢十夜/第一夜よりー

          地下深くの水の谺

          息をつめて水底へと沈むように  ゆっくりとした傾斜を下ってゆく 当然のように地下は暗く深く  人はみな襟を立てうつむいている 車内灯が消え 駅のホームドアが開く 数人が音もなく降りそして乗り 隙間を縫って生温い水が流れこむ 水は すこしずつ     すこしずつ床を満たし 人は すこしずつ靴を濡らし  脛を濡らし 膝を濡らし   尻を濡らし 腰を濡らし    胸を濡らす その とき 地下の天蓋を絶え間なく咽ぶ谺の音に 蒼く光る水面が波立ち     首筋を濡らし 頬を濡らす

          地下深くの水の谺

          そう思ってるのはきみじゃない

          自分見せるのにいそがしい(朝から晩まで) 人の気引くのにいそがしい(外でも家でも) スマホいじるのにいそがしい(朝から晩まで) 空気読むのにいそがしい(外でも家でも) コメント読むのにいそがしい(どこでもだれでも) 口を出すのにいそがしい(寝ても覚めても) マウント取るのにいそがしい(どこでもだれでも) 自己満足にいそがしい(寝ても覚めても) そう思ってるのはきみじゃない そう思ってるのはぼくじゃない 手間はなるべく省きたい(ワンクリックで) 二度同じことはしたくない(

          そう思ってるのはきみじゃない

          12/2022

          空一面をおおう朝の曇りの透白肌から 淡墨色の粒子が降りそそぎ 街はしずかに薄眼をあけて雨をまつ    * 重く湿りきったからだから 少しずつ すこしずつ 水の粒子が泡となって浮きあがる 粟立つ肌と 解かれる臓腑    * エネルギーの不足を解消するために 源から沸き起こる刻を待つ できあいを汲み取ってくるのではなく 枯れた砂地に沁みだしてくるのを待つ あてもなく空を眺めながら しずかに待つ    * 夜明け前の弁当を拵える音のとなりで 食べ終えた食事たちの跡を片

          12/2022

          音と光の吹き溜り

                            その 音と暗がりに充ちた空間で あなたは街角の雑踏に耳を留め 公園に遊ぶ子供たちに目を留め 巨大なサイバー空間の網目を潜り 地下深く唸るエネルギーの源へと降りていく  そのすべてがかぼそい光の帯に凝縮されて  小さく耳もとに問いかける                   ねえ ドコカラキタノ? あなたは ナニヲミテイルノ? あなたは ナニヲシッテイルノ? あなたは ナニヲシラナイノ? あなたは  すべてが通過するからっぽの空間で  すべてが

          音と光の吹き溜り