大衆の愚かさと醜さを浮彫りにする怪作映画『ザ・ウォーク』
1974年8月。
大道芸人フィリップ・プティはある偉業を成し遂げる。
所はアメリカ・ニューヨーク。
400m超の当時世界一の高さを誇った高層ビル・ワールドトレードセンター。
ツインタワーと呼ばれる二棟からなるこのビルの間を、彼は綱渡りしてのけたのだ。
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以前から気にはなっていた本作、ようやく鑑賞できました。
興味を持ったきっかけはネットでの高評価と、何より、この内容が実話という事実。
しかし、私はずっと本作を観ることに不安を覚えていたのです。
もし予想通りの映画だったなら、不愉快な気持ちになるだけだから……。
結論から言うと、思った通りのアホ映画でした。
これがフィクションなら良かったのですがね。青春・夢追い映画としての筋書きがどうとか、映像の迫力がどうとか、そういうことに言及できたはず。
けれど本作はそれ以前の問題です。
なぜ現実の犯罪をこんな美談にしてしまうのでしょうか。世の中はアホばかりなのでしょうか。
誰にも成し得ない偉業だの、もはや芸術だの、色々言ってますが正気とは思えません。大都市の上空で命綱なしの大道芸、それも無許可。ただの犯罪でしょう。
主人公が狂ってるだけならまだしも、観衆がこれに拍手を送るのですからもう見ていられませんでした。
もし失敗した場合、自分や自分の大切な人の頭上にマヌケな芸人が降って来ていたかもしれないという現実が誰も想像できないのか?
それで涙を流すことになる他人の姿が想像できないのか?
そうしたリスク一切を度外視して自分の夢とやらを追求するフィリップ・プティの醜悪さに反吐が出ないのか?
私には、彼のやったことはいわゆる〈バカッター〉と大差ないとしか思えない。芸術気取りで迷惑かけるならせめてバンクシーみたいに被害者が大金を得られることやれよ。
更に不気味なのは、これ、2015年の映画だということ。
SNSや週刊誌にたやすく公憤を煽られる21世紀の大衆が、なぜ本作を素直に面白がれるのか。
もしフィリップ・プティの狂気・度胸・技術といったものを賞賛の根拠にしているのなら、それはヒトラーの演説に熱狂しているようなものだと自覚したほうがいい。
人の倫理観とはかくもあやふやなものなのか、その不気味な価値観の揺らめきを映画の内外において浮彫りにさせた、これは世紀の怪作でした。