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地方政治家は本当に中道? カナダの新研究から見えてきた意外な実態

地方議員は、国会議員などに比べてイデオロギー的に穏健だというイメージがありませんか? たとえば「地方の議会は実務的な議論が中心で、左右の深い対立とは無縁」という通説を耳にすることもあるでしょう。今回ご紹介するのは、カナダの政治学者ジャック・ルーカス(Jack Lucas)氏が発表した論文「Are municipal politicians ideological moderates?」(Cities誌、2024年12月号)。

地方議員は本当に他の政治家より穏健なのかを、実際のアンケートデータで検証した内容です。私自身「地方議会といえば無所属の議員が多く、あまり党派色を出さないイメージだし、そんなに左右差はないのかな……」と思っていましたが、この論文を読むと「えっ、そうなの?」と考えさせられる発見がありました。いったいどんな調査を行い、どんな結果が得られたのか。さっそく見ていきましょう。



研究の背景と目的

昔から言われる「地方は無党派で穏健」説

地方政治は「道路・ゴミ処理・上下水道など、左右イデオロギーの色がつきにくい行政課題がメイン」「選挙でも党派色が薄く、無所属で出馬する人が多い」という理由から、“穏健”だと語られることがしばしばあります。さらにカナダやアメリカの自治体には、そもそも政党公認が存在しない非党派制を導入しているところもあり、「党派対立が生まれにくい構造だ」と考えられてきました。

しかし著者は、こうした「地方議員=穏健派」という説を疑問視します。国政や州政と比べて本当に穏健なのかを知るには、同じ問いを地方・州・連邦の政治家に投げかけて、回答を比較する必要があります。そこで本論文では、カナダにおける複数の大規模サーベイを組み合わせ、まさにその比較を実現。地方議員が自分をどう認識しているか、そして実際の政策上の考え方はどうなのかを、数字で可視化したわけです。


データ収集と分析のしかた

地方~連邦の政治家を一斉比較

著者が利用した主なデータは二つあります。ひとつは「Canadian Municipal Barometer(CMB)」という、カナダ各地の地方議員(市長・市議)を対象にした毎年のアンケート調査。もうひとつは州議会議員と連邦議員を対象とした「POLPOP-II」というプロジェクトです。これらを照らし合わせることで、「同じ質問を地方・州・連邦の政治家に聞く」という比較が可能になりました。

自己評価と政策イデオロギーを分けて測る

調査では、大きく二つの指標が使われています。
1つ目は“自己申告のイデオロギー”。「0~10のスケールで自分はどれくらい左派/右派か」を尋ね、その数値を折りたたんで(folding)「どれほど極端に寄っているか」を示す尺度をつくります。中央を選んだ人ほど「穏健寄り」というわけです。

2つ目は“政策イデオロギー”。たとえば「所得格差をどれくらい是正すべきか」「医療や社会福祉をどの程度拡充すべきか」といった複数の政策観を質問し、それらの回答をまとめて「左派/右派どちらに近いか」を数値化しました。ここでも極端度が測れるよう、中央からの距離を見ています。

無所属かどうかを分けて検証

カナダの地方政治では、政党から公認を受ける人もいれば、本当に無所属の人も存在します。著者は、この「党派を持つか持たないか」が穏健度に関係するかもしれないと考え、無所属の地方議員だけを取り出して州・連邦議員と比べる分析も行いました。こうすることで、「地方政治は穏健か否か」だけでなく「非党派制がどう影響しているか」も浮き彫りにしようとしたのです。


研究結果

自己認識では穏健、でも政策スタンスはそうでもない?

まず「自己申告のイデオロギー」の比較では、地方議員が「私は中間(穏健)です」と答える割合が、州・連邦の議員よりはるかに高いことが明らかになりました。グラフにすると、地方議員の回答は中央付近に大きく偏り、逆に州・連邦議員は「どちらかにやや寄っている」回答が多めです。

ところが、具体的な政策について「どの程度極端な立場をとっているか」を見ると、地方議員も州・連邦議員もほとんど差がない。医療政策や経済的格差の是正など、政策項目別に分析したところ、一部の論点を除いては「地方議員だからといって特別に穏健なわけではない」という結果になりました。

無所属議員が穏健派イメージを支えていた

さらに詳しく見てみると、「地方議員のなかでも政党色がある人(党派を持つ人)」だけを抜き出して州・連邦議員と比べた場合、自己評価の穏健度も政策上の極端度合いもほとんど同じだったのです。つまり「地方議員は穏健」という全体像は、実は“無所属”の地方議員が大きく真ん中寄りの回答をすることで生まれていたといえます。これを著者は「地方にある非党派の文化が、穏健イメージを生み出している」と説明しています。


新しい視点と考察

「穏健カルチャー」と実際のイデオロギー対立

この研究の興味深い点は、地方議員自身が「自分は穏健だ」と思いたがっている(あるいは思われたがっている)文化の存在を示唆しているところです。一方で、政策ごとの意見を見ると、しっかり左右に分かれる場合もある。このギャップは、地方議会でも「党派色を打ち出すのは好ましくない」という空気が残っているのかもしれません。でも実際には、インフラ投資や大規模開発、財政の使いみちなど、自治体によっては大きくイデオロギーが絡む場面も少なくない。表面的には「穏健路線」をアピールしつつ、実際にはしっかりと左・右の対立が起きている……そんな姿が浮かび上がります。

無党派制がなくなれば「地方=穏健派」も消える?

カナダのように地方レベルで完全な無党派制をとれる国や地域は珍しい面もあります。今回の研究結果を踏まえると、もし地方議会が全面的に党派制へ移行したら、「地方議員=穏健派」というイメージは薄れるかもしれません。地方政治の在り方を考える上で、興味深い示唆といえそうです。


まとめと今後の展望

日本の地方政治にも重なる論点

地方議員は「国会議員よりイデオロギー的にゆるい」という先入観を抱いている人は多いかもしれません。ところが、自己評価と政策の実態にはギャップがある――というのがルーカス氏の発見です。私たちの身近な市議会や県議会でも「中道」をアピールしつつ、実際の議案採決では左寄り・右寄りの態度を取ることが少なくないという現象は十分あり得るでしょう。

研究者によれば、「選挙時に有権者へ訴えるメッセージ」や「議会内の交渉スタイル」にも、この穏健を装う文化が影響している可能性があるとのこと。今後は日本の地方議会でも、無所属議員が多い背景や実際の政策投票のデータを組み合わせて同様の分析を行えば、「地方=イデオロギーが弱い」と思いがちな私たちの認識をさらにアップデートできるかもしれません。


参考情報・ライセンス表記

  • 論文タイトル: Are municipal politicians ideological moderates?

  • 著者名: Jack Lucas

  • 掲載誌: Cities, Volume 155, December 2024, 105350

  • URL: https://doi.org/10.1016/j.cities.2024.105350

  • ライセンス: 本論文は Creative Commons Attribution 4.0 (CC BY 4.0) ライセンスで公開されています。

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