未来のまちを“体験”してデザインする─VRで広がる健康的な公共空間づくりの可能性
まちなかの駅前広場が、いまの姿のままずっと続いていく……そんなふうに思い込みがちですが、実際には人口増加や高層ビルの建設などで街並みは刻々と変化します。しかも「都市の密集化」は、住みやすさや健康に影響を与えかねない大事な問題。では、どうやって住民や行政が一緒になって、みんながリラックスできるような街の公共空間をデザインできるのでしょうか?
そんな大きな問いにチャレンジしたのが、今回ご紹介する論文「Experiencing the future: Evaluating a new framework for the participatory co-design of healthy public spaces using immersive virtual reality」です。VR(仮想現実)を使って“未来の街並み”を実際に歩き回りながら、気軽に設計アイデアを出せるしくみを作ったという、ちょっとワクワクするようなお話です。
第1章 「健康な公共空間」って、どんなイメージ?
「健康的な生活」と聞くと、ジム通いやウォーキングなどの運動を想像する方が多いかもしれません。でも実は、街の作り方や駅前の広場、公園、歩道などの公共空間のデザインも、私たちの健康状態に大きく影響するんです。特に人口が増えたりビルが林立したりする“密集化”が進むと、「緑が足りない」「騒音が増える」「歩ける場所や休めるベンチが少ない」といった問題が起こりがち。それによってストレスが増してしまう……なんて話を耳にすると、身近に感じることはありませんか?
研究チームが着目したのは、「そもそも住民はどういう公共空間を望んでいるのか」を、もっとわかりやすく、そして参加型で導きだせる仕組みを作れないかということ。特に、専門知識がない普通の市民でも、未来の街をリアルに“体験”しながらあれこれアイデアを出せたら、ずっと前向きで実践的な意見交換ができるはずですよね。
こうした背景には、既存のワークショップの課題もあります。紙の地図や2D図面だけでは、どうしても完成イメージがわかりにくい。さらに「デザイナーじゃないから専門的な図を読めない」「あるいは、将来計画が本当にどう変わるのかピンとこない」という声もよくあります。そこでVRという新技術を使って、未来の駅前広場や公園を“実感”しながらデザインを検討する──これが今回の研究の狙いなんです。
第2章 研究の概要──「5つのキーワード」を軸にした新フレームワーク
本論文では、まず「未来を体験するためのフレームワーク(Experiencing the Future Framework, EFF)」という考え方を提案しています。これは、もともとカナダの研究者Sheppard氏が提案していた“まちづくりにおけるビジュアル化のポイント”を、VRにも応用できる形に拡張したもの。具体的には以下の5つのキーワードが軸になっています。
Make it local(地域に根ざす)
実際にどこかの現地をモデルにして、そこに本当に起きている課題や計画を扱う。現実味があるからこそ、参加者が真剣にアイデアを出せます。Make it visual(見た目でわかりやすく)
3次元モデルを使って、直感的に「こんなビルが建つんだ」「ここに木があるんだ」とわかる状態にする。Make it connected(社会課題とつなぐ)
住民のニーズや街が抱える大きな問題(たとえば、密集化や健康への影響)と密接にリンクさせることで、単なるデザイン遊びではなく、実際のまちづくりと結びつける。Make it experiential(体感的に)
VRを使って、その場所を実際に歩いているかのように感じられる“没入感”を生み出す。まるで本当に広場に立っているかのような視点で、「木の位置や高さはどうかな」「ビル影は暗いかな」と考えられる。Make it interactive(インタラクティブに)
「もし木をもっと増やしたら……?」「ビルの高さが低かったら……?」など、さまざまな“もしも”のシナリオをすぐに試して、比較できる仕組み。これは普通の図面ではなかなか難しいことですよね。
この5つのポイントを踏まえて、研究チームは「CoHeSIVE」というVRアプリケーションを開発しました。オランダ・アイントホーフェンの駅前広場を具体的なケースに設定し、そこに住む人や行政、開発会社などのステークホルダーが参加できるワークショップを実施。その場で参加者がVRヘッドセットを装着し、駅前広場の3Dモデルを見ながら「木をもっと増やしたい」「ベンチをたくさん置きたい」「ビルの高さを中層にしたい」「噴水があるといい」など、好みに合わせて設計を変えていきます。
第3章 研究内容と結果──「あったらいいな」と思う要素はどれ?
3.1 どんな方法で研究したの?
研究チームは3回のワークショップを企画しました。最初は「公共空間を健康的にするにはどんな要素が重要か?」を参加者にディスカッションしてもらう段階。次に、試作版のCoHeSIVEを使ってもらい、操作しづらい点や欲しい機能をヒアリング。最後に完成版を用いて、実際に41名が駅前広場の“理想のデザイン”を作成し、そのプロセスと結果を分析しました。
VRでは、たとえば「木」「ベンチ」「草地の広さ」「建物の高さ」「街灯の数」「噴水の有無」といった要素を、ユーザーがボタン操作で増減したり配置を変えたりできます。そのたびにリアルタイムで仮想空間に反映され、瞬時に「こんな感じなんだ」と体験できるわけです。さらに、ユーザーがどんな順番で要素を変えているか、どこを見回しているか、どのくらいの時間をかけて決定しているかなどのデータも記録。これが客観的に分析できるのは、VRならではのメリットですね。
3.2 得られた結果は?
結果的に、大半の参加者が「多めの木をクラスター状(固まり)に配置」「ベンチは数を多め」「草地を大きめに敷く」「噴水を置く」「街灯も多め」「ビルはやや高層寄り」という選択をする傾向が強かったそうです。要は「リラックスできる緑や水、座れる場所が欲しいけれど、夜間の安全のためには街灯も大事。でも都市機能としての高さもある程度ほしい」──そういうバランス感覚が伺えます。
アンケートでは、特に「木があるとリラックスできるし、影もあって居心地がいい」「ベンチがあると気軽に座れて人と交流できる」「草地が広いと子どもが遊んだり、イベントを開けたりする」などの意見が多く、納得感がありますよね。一方で、建物の高さはやや好みが分かれたようですが、「高層ビルでも広場があればむしろ賑やかになる」「低いほうが落ち着く」といった声があり、最終的には“そこそこ高め”に落ち着く人が多かったとか。
3.3 参加者の反応と意義
ワークショップに参加した人たちからは、「VRだと本当にそこに立っている感じがする」「自分のアイデアがリアルに再現されるので、デザインの良し悪しをすぐに感じ取れる」「専門家や役所だけじゃなく、市民が自由に意見を出せるのが面白い」など、とても前向きな感想があったそうです。
特に注目なのは、市民同士のコミュニケーションが活性化したという点。ある参加者がVR内で“理想の配置”を作り、その様子を画面に映し出しながら周りがあれこれ意見する……まるで「テレビゲームを見守りながら、みんなでああでもないこうでもないと盛り上がる」イメージでしょうか。これが街づくりとなると、とても有意義ですよね。決して専門家任せではなく、「自分ごと」として未来の姿を実感できるのは大きな強みといえます。
第4章 結論と今後の展望──市民参加型のデザインがもっと広がるかも!
今回の研究が示唆しているのは、「VRを使った参加型デザインには大きな可能性がある」ということです。少し専門的な話をするなら、これを「Experiencing the Future Framework(EFF)」という理論で体系化した点に大きな意義があります。単にVRを導入するだけでなく、「いかに市民が直感的に意見を出せるインタラクションを作るか」「地域と課題をどう結びつけるか」といった、ソフト面をしっかり考慮しているのがポイント。
ただし、研究チームも限界点は認めています。たとえば、いまはある程度ライトなグラフィックで作られているため、「もっと人や車を動かしたい」「昼夜の違い、騒音の違いなども再現したい」という要望は今後の発展課題。また、「自由度」をもっと高めたり逆に「予算や空間の制約」「法律的な条件」を組み込んで、現実に近いデザイン検討もできるようにしたいという声もあるそうです。
それでも、都市の将来像を市民が自分の目で「見て」「歩いて」「感覚で確認できる」仕組みは、これからの計画やまちづくりにとって画期的な進歩ですよね。近い将来、「あの駅前がどう変わるのか、VRで一緒に見て決めましょう」なんていう光景が当たり前になるかもしれません。街づくりのハードルを下げ、いろんな人の声が生きる──そんな未来が少しずつ近づいているのだと感じました。
補足情報──論文の詳細とライセンス
難しい言葉の補足
VR(バーチャル・リアリティ):専用のヘッドセットを装着して、仮想空間をあたかも現実のように体験できる技術。
参加型デザイン(コ・デザイン):専門家と住民やユーザーなどが一緒になってアイデアを練り上げる手法。デザイナー任せにしないのが特徴。
インタラクティブ:ユーザーからの操作に応じて、即座に反応・変化を返すこと。双方向的なやりとりのしくみ。
参考文献・著者情報
論文タイトル:“Experiencing the future: Evaluating a new framework for the participatory co-design of healthy public spaces using immersive virtual reality”
掲載誌:Computers, Environment and Urban Systems, Volume 114, December 2024, 102194
著者:Gamze Dane, Suzan Evers, Pauline van den Berg, Alexander Klippel, Timon Verduijn, Jan Oliver Wallgrün, Theo Arentze
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