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なぜ東京で農業を営むのか?彼らが大切にしている「仕事の価値観」とは。
都市部で農業を営むとなると、土地不足や高い地価、消費者ニーズへの即応など、ハードルはたくさんあります。そうした難しい環境のなかでも、有機認証やGAP(Good Agricultural Practice)認証を取得し、環境に配慮した方法で成功している農家さんたちがいるのはなぜだろう? その背景には、農家自身が大切にしている「仕事の価値観」がカギになっているかもしれません。
今回ご紹介する研究、「Evaluating occupational values in Japan's urban farming: A comparison between the Likert scale and Best-Worst Scaling methods」(著者:Runan Yang、Hironori Yagi、2024年12月に学術誌『Cities』掲載)は、東京の都市農家89名を対象に、働くうえで重要視する価値観を分析しています。しかもその測定には、よく使われる「リッカート尺度」だけでなく、「ベストワースト法(BWS)」という選択型の評価手法を併用。意外な結果が出ているので、わかりやすくまとめてみます。
研究の背景と目的
日本の大都市圏では、農地が限られているうえに税制や宅地開発などとの兼ね合いもあり、農業経営が継続しにくい面があります。実際、都市農家の数は減少傾向で、高齢化も進んでいます。それでも有機農法や東京版GAPなどを取得して、環境に優しい農業に取り組む人たちがいるのは、単なる政策上の優遇だけが理由ではなさそうです。
そこで著者らは、農家の「職業的価値観」に注目しました。心理学の「自己決定理論(SDT)」をベースに、(1) 内発的動機(Intrinsic Motivation: IM)、(2) 外発的動機(Extrinsic Motivation: EM)、(3) 持続可能性動機(Sustainability Motivation: SM)の三つに分けて、農家の価値観を丁寧に測定。特に、「環境保全」「自然とのつながり」「家族の時間」「お客さんとの交流」など、何を優先しているのかを探っています。
分析方法の特徴
1. リッカート尺度 vs. ベストワースト法
これまで農家の意識調査では、1~5段階評価のリッカート尺度が広く使われてきました。しかし、日本ではどうしても「中間の3を選びがち」などのバイアスが指摘されています。そこで著者たちは、同じ項目についてリッカート尺度で回答をもらったあと、ベストワースト法(BWS)と呼ばれる手法でも回答を得ました。
BWSでは、たとえば「家族との時間」「自然とのつながり」「お客さんの満足度」など、5~6個の選択肢が並んだカードが何枚も提示されます。各カードごとに「最も重視する(BEST)」「最も軽視する(WORST)」を選ばせるため、一番と一番下がはっきり見えるのが特徴です。これによって、リッカート尺度では埋もれがちな微妙な差異やトレードオフが浮き彫りになると期待されています。
2. サンプルと調査プロセス
対象は、東京の都市農家のうち、エコ認証(有機や東京エコ農産物等)やGAP認証、あるいは独自の直売・ブランド戦略などを展開している計291名に郵送調査を実施(うち89名が両方の質問方式に回答)。
アンケート内容は、自己決定理論に基づく11の価値項目(家族・楽しみ・自然とのつながり・環境保全・顧客との関係など)をリッカート尺度とBWSでそれぞれ評価。
加えて、年齢、年商、学歴、後継者の有無などの個人属性とも突き合わせて分析を行いました。
主な結果とポイント
1. 三つの動機づけが都市農家の価値観を形づくる
まず、探索的因子分析によって、リッカート尺度でも「内発的動機(楽しみ・家族・自己実現など)」「外発的動機(ビジネス発展・お客さんの満足度など)」「持続可能性動機(環境・自然・協力体制・土地保全など)」の三つにまとめられることがわかりました。やはり都市農家は、「稼ぎたい」「楽しみたい」「環境に配慮したい」という多面的な要素を持っているようです。
2. 「お客さんとの関係」が最も重視され、「自然への愛着」は意外にも低め
両方の手法で、最も高い評価を得たのは「Customer(顧客・消費者との関係)」。東京近郊の都市農家にとっては、やはり直接販売やコミュニケーションが収益にも直結するので、ここはブレないようです。
逆に最も低い評価となったのは「Nature(自然への愛着)」。環境保全や土地保護は一定の評価があるものの、「自然が好きだから農業をしている」という動機は、都市農家には必ずしも強くないらしい。著者は、「実家が農家だから当然という感覚なのかもしれないし、他の要素(経済性、顧客の要望など)が優先されているのかもしれない」と考察しています。
3. リッカート vs. BWS の違いから見える「家族」や「ビジネス」への優先度
リッカート尺度では、わりと平均点が高めになる項目が多く、「複数の価値観を肯定的に評価する」傾向が見られました。一方、BWSだと「家族との時間」「ビジネス優先度」「土地保全」などで大きなばらつきがはっきり表れ、年齢や年商、後継者の有無などの属性と結びついて統計的に差が出ました。
若い農家ほど「家族やビジネス」を重視する
後継者がいる農家は「土地保全」への意識が高い
高い学歴や高い売上をもつ農家は「自己決定(Self-work)」「ビジネス拡大」などに積極的
リッカート尺度では見えにくかった微妙なトレードオフが、BWSによって鮮明になったといえそうです。
4. 都市農家の「環境保護」動機は思ったより低い?
興味深いのは、エコや有機など環境配慮型の認証を取得しているにもかかわらず、「環境保護・自然のために農業をする」というスコアが必ずしも高くなかった点です。「好きだから」「自然を守りたいから」というより、「都市に近い立地で事業的なメリットがあるから」「顧客ニーズがあるから」という外発的な面も大きい可能性が示唆されます。
研究者は「環境配慮農法を選ぶ動機には、もちろん環境への気遣いもあるが、経済インセンティブや商圏との近さ、ブランディングなど多要素が絡む」と指摘。純粋に自然愛だけが引き金ではないと強調しています。
まとめと今後の展望
この研究からわかるのは、都市農家が持つ価値観は内発的・外発的・持続可能性の三つに整理できるが、そのウェイトは従来考えられていた「自然愛」よりも「顧客との関わり」に重きが置かれているという事実です。意外にも、自然・環境に対する価値観のポイントは低く出ました。これは「都市の農地は限られた中で商売を成り立たせる必要がある」という現実や、「農業=自然好き」というイメージを覆す新たな視点を示しています。
また、リッカート尺度だけでなく、BWSを併用すると、農家の優先順位や属性ごとの違いがよりクリアに見えてくる点は、今後ほかの地域でも応用可能でしょう。たとえば「若手で売上を伸ばしたいタイプ」「後継者がいて土地を守りたいタイプ」などを分けて支援策を設計するなど、政策立案・マーケティング戦略にも役立つかもしれません。
ただし本研究は、認証取得など積極的な取り組みをしている農家が多いため、必ずしも東京農家全体の平均像を示すわけではないという留意点もあります。今後は、さらに広範囲かつ多様な農家を対象に、同じ手法を使った調査が行われることが期待されます。また、ベストワースト法は回答負担が大きい面もあるので、高齢者やアンケート回収率との兼ね合いにも配慮が必要のようです。
参考情報・ライセンス表記
論文タイトル: “Evaluating occupational values in Japan's urban farming: A comparison between the Likert scale and Best-Worst Scaling methods”
著者: Runan Yang, Hironori Yagi
掲載誌: Cities, Volume 155, December 2024, 105485
この論文は CC BY 4.0 ライセンスで公開されています