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人は生きるために何が必要か。世界の狭間で静かに消えた命の話【映画評】あんのこと

『人は生きるために、何が必要なのか』

画面の中の少女が、ずっと私に問いかけてきました。


映画『あんのこと』

こんなに目を背けたくなる映画を観たのは初めてかもしれません。

21歳の主人公・杏は、幼い頃から母親に暴力を振るわれ、十代半ばから売春を強いられて、過酷な人生を送ってきた。
ある日、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた彼女は、多々羅という変わった刑事と出会う。
大人を信用したことのない杏だが、なんの見返りも求めず就職を支援し、ありのままを受け入れてくれる多々羅に、次第に心を開いていく。

映画『あんのこと』公式サイトより引用

最初の50字余りで伝わってくる、絶望感。
どうしてお腹を痛めて産んだ自分の娘にこんな仕打ちができてしまうのかと、あんの母の気持ちが1ミリも分からない私はきっと恵まれた環境に身を置いて生きてきた人間なのでしょう。

あんの母については映画の中で何も語られません。
ただ、あんの父の存在は描かれておらず、足の悪い祖母と3人で暮らしていることから、もしかすると母にも辛い過去があったのかもしれません。

救いようのない家族。
そして本当に救いようがないのが、この映画はフィクションではないということ。
2020年6月に朝日新聞で報じられた1人の女性の新聞記事(実話)を元にした映画なのです。

2020年6月。
未知なるウイルスに怯えながらも、私がお腹に宿った長女を慈しみながら平和に過ごしていたあの日。
あんは同じ日本のどこかで、この辛い現実を確かに生きていたのです。


生きるために必要なもの

21歳にして覚醒剤に溺れ、中学校すら卒業せず、ただ「生きるために生きる」日々を過ごしていたあん。
映画の中で、そんな彼女がから「生きたい」という意志を感じる瞬間がありました。

覚醒剤からの更生コミュニティで出会った大人から、立ち直ることを応援してもらったとき。

(c)2023「あんのこと」製作委員会
(映画.comWebサイトより引用)

夜間学校のクラスメイトと共に、一度は辞めてしまった勉強をもう一度始めたとき。

(c)2023「あんのこと」製作委員会
(映画.com Webサイトより引用)

就職した介護施設で、おじいちゃんから頼りにされたとき。

(c)2023「あんのこと」製作委員会
(映画.com Webサイトより引用)

そして、
地獄のような実家から逃げ出して入居した保護シェルターで、見知らぬ女性から預けられた幼児を懸命にお世話していたとき。

(c)2023「あんのこと」製作委員会
(映画.com Webサイトより引用)

「明日、なりたい自分」がいる今日。
「明日、会いたい人」がいる今日。
「明日、支えたい命」がある今日。

そう、
生きるために必要なのは、明日を望める"希望"だ。

そして、
希望を生み出すために必要なのは、"他者との繋がり"なのだ。


仕事で忙しいとヒイヒイ言いながらも当たり前に目標を持てる日中を過ごし、大切な友達と会う週末の予定を手帳に記し、世界一大切な家族の寝顔を見て1日を終える私。
そして希望にあふれる私の周りには、常に沢山の人との繋がりがある。

当たり前すぎて見えなくなっているその"希望"と希望を生み出す"他者との繋がり"の尊さを、あんはこの映画で教えてくれたのでした。

まとめ

ようやく希望と他者の繋がりを手にしたあんを再び負の方向へ追いやったのが、2020年のコロナウイルスでした。

更生コミュニティ、夜間学校、職場と、繋がった他者が離れていくたびに消えていく希望。
そして最後に預けられた幼児があんのそばから離れてしまったとき、風前の灯だったあんにとっての生きる意味が人知れず静かに消えてしまったように感じました。

そして静かに、観客に訴えかける。
杏はたしかに、あなたの傍にいたのだと。

映画『あんのこと』公式サイトより引用


コロナウイルスは収束した今も、人知れず世界の狭間で誰とも繋がれず希望を見出せない人達はいったいどれほどいるのでしょう。
彼らのために、自分ができることは何なのでしょうか。

やりきれない想いで一杯で目を背けたくなったけど、無視してはいけない現実をつきつけられた映画でした。

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