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「甲子園から最も遠かった」野球部を知っていますか?分断された世界に住む怖さ

10月に入り、やっと涼しい気候になりました。
いよいよはじまりますね、クライマックスシリーズ⚾️

セ・リーグ派ですか?パ・リーグ派ですか?
テレビで見ますか?現地で見ますか?

私は見ません(おい!)

野球は大好きなのですが、昔から圧倒的に高校野球派の私…。

そんな高校野球好きの私は本日、甲子園から最も遠かった高校の野球部の話をしたいと思います。

それは、かつて沖縄県に数年間だけ存在した「ろう学校」のお話です。


「遥かなる甲子園」を夢見た、福里ろう学校

私は高校生の時、地元の図書館でこの漫画に出会いました。
同じく障がい者とその家族をテーマにした「どんぐりの家」も有名な、漫画家の山本おさむさんの作品です。

この漫画の舞台は昭和39年の沖縄から始まります。
この年、アメリカで風疹が大流行しました。
風疹は、妊娠時にかかると胎児に障がいが残る危険な伝染病です。
その病は米軍基地のある沖縄でも猛威をふるった結果、その年だけで約500名の聴覚障がい児が産まれました。

福里ろう学校は、その時代に生まれた聴覚障がい児のために作られた、期間限定の実在したろう学校です。
(実際の学校の名前は「北城ろう学校」。本作品は、同校への取材をもとに書かれたノンフィクション作品を原作とした漫画です)

なぜ甲子園は遠かったのか

福里ろう学校では、漫画の主人公である武明(タケアキ)を中心に野球が好きなメンバーが硬式野球部を立ち上げました。
もちろん、目指すは甲子園。
しかし、福里ろう学校は甲子園を目指すための地区予選大会(公式試合)への出場が許されませんでした。
全国高等学校野球選手権大会は「日本学生野球憲章」というルールブックに基づいて開催される大会ですが、そこでは大会に出場できる高校は普通校のみとされており、ろう学校には出場資格がなかったのです。

この漫画では、武明と野球部の仲間たち、そして周辺の大人たちがこの壁に立ち向かうストーリーが描かれています。

昭和40年8月14日に生まれた2人の少年

この漫画の第一巻に、私がとても感銘を受けた場面があります。
武明は福里ろう学校に進学する前の小学校時代に、健常児の野球チーム(地域の少年野球チーム)に入っていました。

そこである日、耳が聞こえないため相手の足音や呼びかけに気づかず、全力疾走してくるチームメイトと正面からぶつかり怪我をさせてしまいます。

この事件は野球チームの保護者会で大問題に発展。
「武明をチームから辞めさせろ」「障害児のことなど健常児のチームには関係ない」と主張する保護者に向かって、武明のチームメイトが言います。

「俺たち勉強したんだよ。なぜ武明たちは聴こえなくなったのか…それはアメリカで流行った風疹という病気が基地から入ってきたせいかもしれないということがわかった。武明たちがチームにはいってこなかったらそんなことがあったなんて知らなかった。知らないままあいつはろう学校へ、俺は普通の高校へ行ってそれで終わりだった…」
俺は武明と誕生日が一緒なんだ!それでも関係ねェのかよ!!昭和四十年八月十四日…俺はあいつと同じ年の……同じ日に生まれたんだ!!

『遥かなる甲子園』(山本おさむ)第一巻 P211-215より引用

チームメイトは武明たちと共に野球をする中で、聴覚障がい者の困難や葛藤を知り、それらに懸命に立ち向かう姿に感銘を受けたのです。
そして武明と全く同じ誕生日に生まれた彼は、障がい者の彼らと健常者の自分たちを分かつものはほんの少しの偶然でしかないということに気づき、一緒のチームメイトとして何をすべきかと一生懸命考え始めていたのです。

「ダイバーシティ&”インクルージョン”」はなぜ必要なのか

「日本学生野球憲章」というルールブックで、ろう学校の出場が認められていなかった理由はいくつかあるでしょう。
「耳が聞こえないと危険だから」と野球をさせようとしなかったのが大きな理由かと予想しますが、その根底にあるのは「聴覚障がい(聴こえないということ)がよくわからないから」という意識だと思うのです。

昨今、ダイバーシティ(多様性を認め)&”インクルージョン”(同じ社会で共に生きること)という言葉が叫ばれている社会ですが、世の中はまだまだ分断されているように感じます。
都心では多くの富裕層の子供達が、早ければ小学生から私立の学校を受験し進学します。
そこには重症な障がい児はほとんどいないでしょう。
お勉強という側面でレベルの高い人たちの集まった学校で学ぶことは、効率が良く、結果としていい大学・立派な会社に入社して沢山富を生み出す人間を輩出できるのかもしれません。

しかし、分断された社会にいた人たちが富を生み出したとき、「なぜ彼ら(障がい者)に富を分配すべきなのか」という疑問を持ち、ときに分配することへの嫌悪感を産みだすかもしれません。
なぜなら、「障がい者のことがよくわからない」からです。
よくわからないから、関係ないと思うのです。

武明のチームメイトのように、同じ社会の中で、障がい者が直面する困難を感じること。
そして、同じひとりの人間として叶えたい夢に向かって人間としての限界にも挑戦するその姿を間近に見て心打たれるとき、「彼らのために、なにかできることはないだろうか」と感じるのではないでしょうか。
その気持ちが、社会の富を適正な方法で分配するモチベーションになるのだと思うのです。

まとめ

この漫画で描かれた福里ろう学校(北城ろう学校)には後日談があります。
当時のドキュメント報道に感動した横浜市の難聴の少年が成長して、2004年に中日ドラゴンズに入団しプロ野球選手となりました。
石井裕也投手です。

人間はだれしも、可能性を持っています。
しかし、その可能性を広げるためには、武明のチームメイトのような存在が必要です。
甲子園から最も遠かった高校の野球部だけでなく、そして障がい者に限らず、同じように分断された世界で可能性を閉じ込められている人たちは少なくないかもしれません。

分断された世界が融合される日を目指して、私も日々少しずつできることを考えています。


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