ストレスと隙
初めの投稿で書けていなかったので、
noteを始めたきっかけを記します。
今、気持ち良く動けない人が
私の周りをはじめ、たくさんいるなあと感じています。
それは私たちを取り巻くいろんな状況や時代の産物なので
どうか自分を責めずにいてほしいと思う。
とはいえ、自分を救うことができるのは自分だけなので
できることから始めていきましょう。
私もつい最近まで(今だって時々)気持ちよく動けなかったので、
だんだん動けるようになってきたコツみたいなものを
いつかまた動けなくなった時の自分のために、
そしてどこかで苦しむ誰かが
ふと目にした時に楽になれば良いなと思い
あれこれ綴ってみようと思う。
今日は、ストレスと隙について。
この二つは気持ちよく動くためにとても重要。
前回の投稿で
「飲み物選びの時に、習慣から離れて、感じて選んでみることから初めてほしい」
と書いたように、
食べるもの
飲むもの
目にうつるもの
耳にするもの
触れるもの
感じるもの
.
.
.
etc
身体に入るものすべては、
受け取り手の状態や状況によって
薬にも毒にもなり得る。
同時に今の自分はそれらの外的要因で作られている。
その外的要因が毒、つまりストレスと化してしまう時は過剰になった時だ。
食べ過ぎ、飲み過ぎ。
食べなさ過ぎ、飲まなさ過ぎ。
多過ぎても、少な過ぎてもだめなのだ。
なんだかめんどくさいなー。
と、バランスが悪い私は思ってしまう。
そう。
バランスが崩れていると調和が取れた状態に戻すのは
案外手間暇が掛かるものなのだ。
振り返ると、私は20代の頃から身体のことは二の次にして
バタバタッと好きなことをしていた。
好きなことだから心は満たされていた。
たくさんたくさん嫌な目にもあった。
今となっては、それらによって鍛えられて、
思考や心はたくましくなったなあと思えるけれど
おろそかにしていた身体にガタがきてしまったのだ。
(どんな風にガタがきたかはまた別の機会に………)
起きてる間のほとんどの時間を
自分の意志を二の次にして
仕事や家族など自分以外のものに捧げていたら
バランスを崩してしまわないだろうか?
会社や仕事、家族が悪いものなのではない。
それらは大きな意味で自分の生活を守ってくれるものだし、
結果、安らぎをもたらしてくれて心にゆとりを作ってくれる。
仕事や家族につきっきりにならないといけない時期もある。
その時期が長い場合もある。
でも、そんな時期もいずれは四季が移ろうようにほどけていく……はずだ。
もし、ほどけそうになく
このままずっとずがんじがらめにされているような気配がしたら、
それはあなたをだた苦しめ続けるだけなので
すっと離れた方が良い。
苦しめ続けるというのは、隙を与えないこと。
考える隙
楽しむ隙
悲しむ隙
動きだす隙
立ち止まる隙
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・
etc
隙は、時間だったり、心の余裕、暇という言葉に置き換えられる。
ぴんぴんに張り詰めた糸にさらにテンションをかけたら
ほどなくして切れてしまうように
絶えず強いストレス状態に置かれたら
人だって壊れてしまう。
そんな隙を作りやすい状況を確保できるかどうかで
未来は変わってくる。
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きっと誰もが頭では分かっていることなんやけど、
日々やらなくてはいけないことと時間に追われていると
当たり前のことは隅に追いやられてしまう。
もっと気を付けないといけないことがたくさんあるから。
もし、今、気持ちよく動けない息苦しさやしんどさを感じているなら
ご飯食べてる時に
眠る前に
お風呂に入っている時に
トイレに入ってる時に
ふっと緩んだ瞬間に何がそうさせているのかを
ほんの少し考えてほしい。