「テレワークだと、サボりたくなりませんか?」
TikTok、YouTube、インスタグラム・・・SNSは「みんなが発信者」というプラットフォームをつくった。それまでは「テレビ・ラジオに出る」「本を出す」「映画に出る」「展覧会に出品する」などできるのはごく一部の人だった。プロフェッショナルな人たち。
さらに、「発信者」にとどまらず、「ファンがつく」「推してくれる人がいる」ようになった。
ただ注意しなければならないのは、このプラットフォームは「無料経済圏」という点。推すのに、お金は関わらない。
あくまで無料。円、ドル、ユーロ・・・は関係ない。
さて。
「テレワークだと、サボりたくなりませんか?」
という質問があったとする。職場見学にきた学生から。
どう答えますか?
ある人は「サボりたくなるような仕事は、やってない」と言った。
「君たちも、仕事選ぶなら、サボりたくならないものを選ぶべきだよ」
あなた、これ、どう思いますか?
サボる
サボらない
なんてのはレベル低すぎて、ここいじっても仕方ない。
仕事の定義をしてみる。
仕事とは、「特に好きじゃないけどやらないとお金もらえないからやむなくするもの」
質問した学生は、そう思ってるのかもしれない。
「特に好きじゃないけどやらないとお金もらえないからやむなくするもの」
この文言のどこにランプが点灯するかというと「お金もらえない」だ。
お金はもらうものではない。
提供した価値に対して「すっごく良かった! 心動かされた。ありがとう。対価として法定通貨(円とかドルとかユーロとか)を払わせてください」
コンビニでマスク買うとする。レジで精算しなきゃならない。いくらあなたがそのマスクを愛していて、「これなくては生活が成り立たないの。1万円でも出したいわ」とハートマークになっても、レジマシンはバーコードに埋め込まれたデータ(日本円価格)以外はエラーを出す。
でも、料理店で、世界観が変わるような美味しい一皿を出されたとする。接客も最高だ。もちろんメニューには価格が書いてある。チップという名であなたは料理店の提供してくれた価値を讃えようとするはずだ。あるいは、ずっと通い続ける、友人に紹介することで、お店の努力に報いる。
仕事とはこういうもので、
価値を提供することにより対価としていただくサムシング(円や感謝)で成立している。
「誰かに売るための絵を描くのはイヤ。自分が描きたいものを描いてゆきたい」
という子がいたとする。
親はどうすべきか。
その子のお絵描きアプリ、タブレット、それらを動かす電力、部屋の電気、家賃、その子の食事、水、市民税・・・それらすべて円で支払っている。その子の描いた絵は自分以外の誰に対しても価値を提供していないから、当然、対価は得られない。円を稼げない。
これを趣味という。趣味は仕事ではない。
価値とは、自分以外の誰かが「いいね」と思ってもらって初めて成立する相関であり、絶対ではない。あくまで変数。
これからの長い人生、価値を提供することなく円を稼げることはない。
商売も、趣味みたいなのでとどまってる人がいる。いくらやってもお金が残らない。
この場合
なぜお金が足りないか
ではなく、
何が資金不足をもたらしているのか
が考えるべき本質であり、些末なあれこれではない。
SNS無料経済圏がある環境になっているからこそ、いまこそ、お金について、仕事をする、ということについて、しっかり理解する必要があると思う。
フリーランスのあなたももちろんそうだけど、それより心配なのは子どもたち。
JW-UPは今年、そこに注力します。
いまハマってるローソンのアイスカフェラテ248円。
248円以上支払いたいけど、レジが困るから、残念です。