2020年 この三冊

①『ペスト』アルベール・カミュ(新潮文庫)
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、カミュの「ペスト」が広く読まれたということに滑稽なものを感じないことはない。しかし、この小説がたくさんの人に読まれるのは良いことだと思う。
「ペスト」は三人称の文体が持つ自在さが存分に駆使された長編小説だ。ある時は一人の人物のごく近くに寄り添い、あるところでは刻刻と変容する街を広く見渡す。
コロナ渦を生き抜く知恵が見つかるかは知れないが、その丹念な文体には読みながら痺れる。そして、痺れたのちに疑わしさも湧いてくる。

②『本物の読書家』乗代雄介(講談社)
数えてみると今年は文芸誌を六冊しか買わなかった。手に取って読んでみたいと思うことが少なかった。自分が変わったこともあるのだろうけれど、それ以上に文芸誌が変わったと感じる。
それでも日本現代文学がもうだめだということではない。
読むことを巡る中編小説二編を収めた本作は散文によってしか潜り込むことの出来ない世界が描かれていた。当然のことながら、われわれはただ単に書くことはないし、ただ単に読むこともない。そのややこしさやあやふやさをどう豊かなものに結び付けていくか。
この小説を読んだ時の手応えからそんなことを考える。

③『言葉の魂の哲学』古田徹也(講談社選書メチエ)
小説以外の本では水村美苗「日本語が亡びるとき」、マリアン・ウルフ「プルーストとイカ」、東浩紀・石田英敬「新記号論」などを読んだが、その中でも特に忘れ難いのが本作だ。
ゲシュタルト崩壊を扱った、中島敦とホフマンスタールの短編を糸口に、人が言葉を使う時のありように迫っていく。
言葉を知ること、選ぶこと、駆使しながらずらしていくこと、複雑で曖昧なその営みに迫る論考を読むことには、言葉を使うということの偉大さに出会い直すような面白さがあった。

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