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奈良美智・村上隆、そして草間彌生に現れる戦後80年の無意識・日本人「甘え」の構造

清藤誠司|セイジィ・キヨフジ(2025年1月29日)

『快の打出の小槌』佐々木孝次+伊丹十三 1980(朝日出版社)

 伊丹十三と佐々木孝次の対談本『快の打ち出の小槌』を久しぶりに読み返し、改めて気づかされたことがある。それは、日本人の精神構造に根ざす「血縁幻想」と「母親の出現」、そして「甘え」の文化が、戦後から現在に至るまでの日本人の芸術表現や、文化・エンターテインメント業界にどのような影響を与えているのかという問題である。

 「甘え」の構造は、精神分析学者の土居健郎によって広く知られるようになった概念であり、日本人の対人関係や社会構造に深く根ざしている。この「甘え」によって形成される無意識的な価値観は、日本の芸術・文化に独自の表現をもたらしてきた。そして、それが西暦2000年前後に、海外のアートマーケットで一定の評価を獲て、活躍したアーティストたち、奈良美智、村上隆、草間彌生の作品において、とくにに顕著に現れていることは注目に値する

 奈良美智の作品に登場する子どもの姿は、無垢でありながらもどこか反抗的であり、独特の孤独感を漂わせる。その表現には、日本人の「甘え」の文化が影響していると考えられる。奈良の描く子どもは、大人の庇護を必要としながらも、自立を模索する存在であり、日本社会における「母性」の強調と、それに対するアンビバレントな感情が読み取れる。カワイイやそのポップ性に眼は惑わされ、若い世代にウケているが、その無意識的精神性は燦々たる無情の荒野が広がっていることがわかる

 村上隆の「スーパーフラット」理論は、日本の伝統美術とオタク文化を結びつけるものだが、その背後には戦後日本の精神性が大きく関与している。とりわけ、村上の作品には、戦後日本が生み出した消費文化と「甘え」の構造が如実に反映されている。彼のキャラクターたちは、明るくポップな外見を持ちながらも、その内面には空虚さや不安が漂う。これは、日本の大衆文化が表層的な「快楽」を追求しつつも、内面的には強い依存性を持っていることの象徴である。展開されるアクションの情報量に惑わされがちだが、もはや稚拙な表現の繰り返し、応酬と言わざる得ない

 草間彌生の創作は、彼女自身の精神的な葛藤と密接に結びついている。彼女の代表的なモチーフである水玉や無限の網は、強迫的でありながらも包摂的であり、自己と他者の境界を曖昧にする。これは、日本の精神文化における「母性」と「依存」、さらには「自己消失」のテーマと深く結びついている。草間の作品は、個としてのアイデンティティの喪失と、それを乗り越えようとする意志が共存しており、日本人の無意識に根ざす「母への回帰」という幻想を強く想起させる。作られ続ける作品群は、表層的なポップさと可愛らしさという曲解された人気の中で、マーケット重視の大量生産に安住する母性的依存に寄りかかっている。

 ここ30年の海外マーケットで名を馳せたこれらのアーティストたちは、端的に言えば、表現の到達点として「極めて未熟な着地」にとどまっている

 かつて、日本の敗戦後に統治した連合国総司令部(GHQ)のマッカーサーは、日本統治完了後に「日本人の精神年齢は12歳」と言い放ったが、その指摘、評価は今なお変わっていないように見える。

 少なくともこれは「日本・現代・アート」という視座から見れば、というものであるが、裏を返せば、現在のテレビ局大手メディア、芸能界という業界においても、またそれを痛烈に批判し続けるネットリテラシーの精神性においても、未熟・稚拙な振る舞いの応酬としか言いようがない。

 これら前出のアーティストたちが表現する精神性は、現在の若い世代のアーティストにも多大な影響を与えている。現代の日本のアートシーンにおいても、「母性」や「甘え」、「依存」といったテーマは、さまざまな形で表現され続けている。付け加えれば、もはや「狂気」という領域にさえ及んでいない。デジタルアートやパフォーマンスアート、さらにはアニメやゲーム文化に至るまで、その影響は広範囲に及んでいる。

 こうした考察を通じて、日本人の精神文化がいかに芸術表現に影響を与えてきたのか、そしてそれが今後どのように変容していくのかを見つめ直すことが求められる。戦後から現代に至るまで続く「甘え」の構造と、それを超克しようとする試みの中に、新たな日本の芸術の可能性が見出されるのではないだろうか。

佐々木孝次はジャック・ラカンを日本へ紹介した心理学者。
俳優・エッセイスト、この著書の5年後に映画監督となる伊丹十三が
日本人の精神構造の深層を語り尽くした名著。
この著書が刊行された1980年、奈良も村上も無名の学生であった。
草間はNYへ渡っていたが、現在のような注目のされ方ではなかった。



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