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導かれるように高野山へ④高野三山を歩く〜宿坊へ(2日目午後)

全体の旅程はこちら↓


高野山への訪問2日目。朝から高野山奥の院を参拝し、一の橋からたくさんの先祖が眠る墓地を歩き、御廟橋を渡り、弘法大師御廟へお参りした。
その後は御廟の背後を囲む高野三山を歩く。それも今回の高野山詣の目的の一つだった。

今回は、奥の院の護摩堂の奥にある高野三山入口から、摩尼峠→摩尼山→楊柳山→子継峠→転軸山→不動坂口女人堂まで歩く予定とした。

三山巡り参詣道の表示あり

朝の9:45ごろに奥の院から登山道へ出発した。しかしこの先でちょっと道がわからなくなりウロウロ…無事に本来の道に戻り、摩尼山登山口へ。

すぐに森の中

奥の院までは国内外の訪問者が多かったが、森に入るとほぼ無人となった。熊鈴を鳴らして歩く。すぐに少し急な登りになったところで、ハイカーのお1人を追い越した。その後は転軸山まですれ違いがお1人だけ…

ずっと登ってきたところ。
綺麗な黄葉が目に柔らかく映る
写真ではわかりづらいが結構登る。かなり暑くなってきた💦汗冷えしそう
摩尼山に到着したら…
朝にかさ國で買った「草焼きもち」を食す。山の中で食べるあんこが好き。
濡れた落ち葉の細いトラバースの道を、恐る恐る下る。。。
1本だけ色づく木の美しい姿
黒河峠の先は…
黄葉がずーっと先まで広がっている道をひたすら登る…
パノラマ撮影…360度黄葉に囲まれた

黄葉ロードをひたすら登っていく。なんだか違う世界に入り込んだような感覚がある。
ここでようやくお1人の女性ハイカーとすれ違う。
そう、ここは「女人道」。

明治後半に女人禁制が解かれるまで、高野山内へは女性が立ち入ることはできなかった。それまでの間、女性たちが、「一目壇上伽藍や奥之院を見てみたい。」、「修行をしている我が子の姿を見たい。」と、高野山の外周の尾根道に拓いたのが、女人道である。

日本遺産ポータルサイト 「女人道」より引用

不思議な感覚に襲われながら、再び現れる急登…そして

11時過ぎに楊柳山へ到着。

比較的歩きやすい道を通り、子継峠(粉継峠)へ。
その後の下り道で…再び別世界にいるような感覚に襲われた。

陽の光が差し込み、黄葉がキラキラ輝く道をどんどん下る
つい振り返ってしまう

誰もいない森をひたすら歩いた。
寂しさは感じなかった。

ついに抜けた

森を抜けて、明るい湿地?に出た。ここも趣は違うが別世界…

これは…落羽松?(ラクウショウ)かな?
オレンジに色づく
一旦舗装路に出て、再び転軸山へ向けて登っていく…疲れてきたのでけっこうしんどい
12時過ぎに転軸山。

ここでやっと、お2人の休憩中のハイカーさんに会う。小休憩をとり、再び歩き出そうとするも、道が一瞬わからなくなった。
ハイカーさんにつぶやいてみたところ…奥に正しい道があるのがわかって事なきを得た。
ずっと同じような黄葉の森…その柔らかな美しさに包まれ、疲労感も相まって、なんだかボーッとしてきたのかもしれない。いかんいかん。
「迷った時には人を頼っていい。1人でなんとかしようとしなくていい」
「とりあえず言葉を発してみる」
そんな気づきがあった。

ここを降りていき…山道はいったん終わり

しばらく舗装路を歩き…黒河口女人堂跡を過ぎると、再び民家の傍から山道に入る。

再び登っていく

ここから不動坂女人堂までの道は、黄葉は少なく、曇ってきたこともあり薄暗く修験道の様相を呈してきた。
昔の女人たちは、いろいろな思いを胸に、黙々とここを歩いたのだろうか。
精進料理の朝食後、行動食(おやつ)を時々食べるだけだったこと、また11月にしては非常に蒸し暑い日だったのでけっこうバテてきた(後で見たらそこまでスピードは落ちずむしろ上がっていた。暗くなってきたから早足になったかもしれない)。

夏は藪漕ぎになりそう…

13時15分ごろ、不動坂口女人堂へ到着した。

写真の左側にあるベンチの隣に…
小杉明神社があります

女人堂の横にある小杉明神社。ここにお参りするのも目的の一つだった。「新・高野百景」に、この女人堂を建てた小杉という女性の話が載っていた。
(小杉の生涯については下記↓もご参考に)

女人道を一周ぐるりと歩いてこられた?ハイカーの姿を見ると、自分もこの先に進みたくなる。それは次回のお楽しみにしよう。できれば町石道も歩きたい。

ここを降りて金剛峯寺の方へ向かう
この木のことも「新・高野百景」に書かれていた。
高野山は今までの歴史で幾度となく火災に見舞われているが、
それらを逃れ、高野山の歴史をずっと見守ってきた木。
徳川家霊台
麩善というお店で…
あんぷ(麩まんじゅう)をいただきました✨
ごまどうふの味比べで角濱ごまどうふ(小田原店)へ。
まだ手をつけていないおこわ、盛り方がどうも気になってしまう。。。

名産をいただき、ようやくお腹が満たされたところで金剛三昧院に立ち寄った。
奥の院の朝は少し晴れ間も出ていたが、また小雨が降ってきた。
私よりも後に入ってこられた団体さんは、私よりも先に出て行かれた…

杉の大木にパワーをいただく
小雨と紅葉と、国宝・多宝塔
北条政子により建立された

朝から3万歩以上歩き、本日の宿坊へ。
前日の宿坊とは真逆で、受付から外国人の旅行客を中心に、人人人…
若いお坊さんが一生懸命案内してくれた。
前日の「静寂」とは全く違う雰囲気に戸惑いつつ…無事にお部屋に到着した。

民宿のような鍵付きの和室

「歩いてみたい」その気持ちだけではるばるやってきて、歩くことができた高野三山。
この時間はなんだったんだろう。

森の柔らかい雰囲気は…癒されるだけでなく、なんだか呑まれそうな感覚があった。
急登に汗をかきながら「なんでこんなところでこんなことやってるんだろう💦」という気持ち。
落ち葉で滑りそうな道を前に「転んだらどうしよう」と思って足が止まりそうになる時…
そう、ここは空海さんが愛した高野山の自然。同行二人という言葉を思い出してみる。同時に、立山で得た「今ここを楽しむ」という感覚を思い出す。
足が再び動き出す。

今思い出しても…その時、自分の、都会での日常は忘れていた。
一方で、空海さんのこと、女人道を歩いた昔の人のことに思いを馳せる。

1人で歩く。でも本当は1人ではない。
同行二人として共に存在するのは必ずしも空海さんだけではなく、自分とのつながりがある全ての人、そして自分が過ごしてきた時間の中で得られたものなども含むのだろう。

自分の子供に会いに行きたいのに(女人禁制のために)会うことが叶わない無念さ。空海さんに会いたい、奥の院をひと目見たいという叶わぬ願い。それらを抱えながら、祈り、歩いた昔の女性。
自身の悲劇的な運命を越えて、そんな女性たちを優しく迎えた小杉のこと。。。

そのままでいい。
置かれた状況を受け入れつつ、でも、諦めたり我慢するのではなくて、少しでも自分ができること・光が見出せることをやっていく。

残ったのは、そんな感覚だったかもしれない。


次の日の早朝は奥の院に行って、生身供(しょうじんぐ)に参列したい。
それを宿坊のお坊さんに伝えてみたら…
朝5時くらいには出たほうがいいと思いますが、自分たちはまだ活動してないので、と、門の開け方を教えてくれた。

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