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ある仕事3 外国の幽霊に足はあるか

 仕事の依頼があった。海外からだ。
 セメタリー、つまり霊園の広告を出すので、ビルボード用にイラストレーションを描いてほしいというものだった。ビルボードとは、アメリカでよくフリーウェイ沿いなどに立っている巨大な屋外広告のことだ。
 霊園というのは今までに関わったことのないジャンルだ。そんな仕事もあるのかと興味を持ったものの、何かポルターガイストでも家に来たら嫌だなと思った。やはり来るとしたら外国の幽霊だろう。祟りという言葉は似合わない気がした。
 引き受けるべきだろうか。
 かなり急な仕事で、時間はあまり無かった。ただ、クライアントの求める絵の内容は明確だった。アイディアに呻吟する部分がないから、急いでクオリティの高い絵を仕上げればなんとかなりそうな感じだった。良い仕事をするために、しくじったらポルターガイストが遠路はるばる外国からやって来るという恐怖のプレッシャーを自分にかけるのも悪くない。
 引き受けることにした。

 デザイナーからブリーフが送られてきた。パンツのことではない。いわゆる作画指示書のことだ。描いてほしい絵の内容を説明する文章と簡単なイメージ画、ときには資料用の画像などが添付されているのが普通だ。
 なるほど、構図はシンプルだ。
 いちめんに花が咲き乱れる中、霊園を訪れた家族が佇んでいるイメージである。もちろん、気を利かせて墓石などは描かない手はずになっている。夫婦と子供が二人、それにおじいちゃん一人という家族構成で、子供は10歳くらいの女の子と8歳くらいの男の子が希望とのことだった。
 早速ラフにとりかかった。
 どのくらい仕上がりに近いラフを提出するか。これはイラストレーターによって様々だと思うが、僕の場合はいわゆるラフのためのラフを描くことはしない。その代わり、仕上げるつもりで描いた絵の途中段階を見せることにしている。あとで容易に修正が可能なデジタル制作ならではかもしれない。そして、当然大まかに着彩済みのものを提出する。
 ここで最も重要なのは、配色だ。配色をおざなりにしておくと後々自分が困ることになる。
 なぜなら着彩した以上、クライアントはそういう色の絵が仕上がってくると認識するからだ。ラフが承認されたあとで、仕上げ段階になってから迷って色彩計画を変更すると、想像していたものと印象が違うではないかと怒られてしまう。したがって、ラフではあえて色を付けないか、付けるならば自分が納得行くまで配色を検討してからのほうが良いと思っている。
 全体の色調まで含めてオーケーを貰っておくのが、僕がラフでクリアしたいポイントである。どんな色にしようかと試行錯誤するのは、この段階で散々やっておくことになる。

 僕は、青空をバックに地面に白い花をたくさん配置し、その中にシックな装いの家族を描いてデザイナーに送った。
 すぐに返事が返ってきたのだが、ここで自分の未熟さを痛感することになる。霊園の広告なので寂しい雰囲気にならぬよう、シックというよりは明るめのビジュアルを提示するべきであったのだ。
 具体的には「バックの青空をより明るくして白い雲を加え、人物をもう少し奥へ配置して空間の奥行きを演出し、花は白ではなくリアルで鮮やかな色にしつつ、手前に多く配置して人物の足が隠れるように。服装については、女の子のワンピースは鮮やかなピンク色に、男の子は半ズボンではなく長ズボンに、お母さんはワンピースをやめてベルトとスカートに、お父さんはセーターをやめて清潔感のある白いシャツに、ズボンはチノパンをやめてブルーのスラックスに。おじいちゃんだからといって地味なものではなく、もう少し明るい色の服装に。また、女の子の顔はもっと笑顔にして、白い歯が少し見えるくらいに」という指示があった。なるほど、的を射ている。

 当時僕は、デジタルではあるものの、手作りの温もりが感じられるような版画風のイラストを描いていた。いわばインチキ版画なのだが、できるだけ本物っぽく見せることに腐心していた。そのために、かすれや版ずれが重要な要素と考えていて、そういうところまでデジタルで再現していた。
 この絵にももちろんそういう要素を取り入れて得意になっていたのだが、「顔や洋服はかすれさせないように。白いかすれがあると死んだ人に見える!」と指摘を受けてしまった。自分の配慮の足りなさに、全くもってこれでプロとはおこがましいと反省しきりであった。

 そして色鮮やかに修正したイラストを再びデザイナーに送った。
 返事が来た。
 「全体のイメージが天国か霊界にいる家族に見える。雲が宙を浮遊している霊魂に見える。雲はやめて風景に。バックに緑豊かな森を。花と茎が繋がっていなかったり、雌しべが描かれていなかったりして現世に見えないので、地面から生えているのがわかるようにきちんと花と茎を連結させて、もう少しリアルに。お父さんのシャツの袖部分が版ずれしてイメージがダブっているので幽霊に見える。版ずれしないように!」
 仕事場の家具がガタガタと震えだした。


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木内達朗🐶イラストレーター
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