【犬死にせしもの】戦争でひろった命の棄てどころを見つけてしまった・・・
1986年
監督 井筒和幸
原作 西村 望「犬死にせしものの墓碑銘」
アナーキーなエネルギーに満ち溢れていた戦後の日本。
小型漁船 ”梵天丸”を駆り立て瀬戸内海を暴れまわる海賊がいた。
重左と鬼庄は地獄の様相を呈したビルマ戦線から屍をこえて還ってきた戦友同士。「そのうち、ええことあるよ・・」やさぐれた重左の母の言葉がいたい。ある夜二人は襲撃した船から、大阪の嫁ぎ先に向かう赤い洋服の娘・洋子をさらったことが、一帯を取り仕切る、新興やくざと瀬戸内の海を血で染める熾烈な銃撃戦へと発展した・・。原作者の西村 望に「映画化は不可能」といわしめたセミ・ドキュメント小説「犬死にせしものの墓碑銘」の映画化
「犬死にせしもの」は映画としての出来云々はさておき、邦画では「用心棒」や「椿三十郎」に匹敵するくらい大好きな作品。
ちょうど多感な高校生のころにビデオで観てドハマリしたのが大きいと思う。この頃の井筒和幸監督さんの作品は熱くて凄く好み。「二代目はクリスチャン」も凄く面白かった。
「晴れ、ときどき殺人」は、ムムム・・だが・・。
そう考えると、中学生、高校生のころにハマった作品は一生モノかも知れない。たまたま80年代後半~90年という時代の変遷期であったからかも知れないが・・。
主題歌「愛の輝き」桑名晴子&加川良も、昭和歌謡っぽくてシビれる!
こういう雰囲気のある主題歌は浸れるから堪らない。
おっさんには・・ね。
「お国のために・・」作られた空気の中で「立派に命を捧げた息子」は還って来ない。
遺された者にとってそれを誇りに思う事しか喪失感や悲しみから逃れる術はない。
そんなやり場の無い深い悲しみは、「お国のために・・」戦争で命を棄てず、生き残った兵士や家族への妬み、深い憎悪として向けられる。
もはや彼らに帰れる場所などない。
命は拾うものではなく、如何に立派に棄てるかが美徳とされた時代。
そんな気運が色濃く漂う戦直後の日本。
生き残り悶々とする村社会の中でやさぐれてしまった若者たち。
戦争に行くことのなかった新興やくざ同士が赤い衣服を着た若い女性を介し殺し合う。
惚れた女性の為だけではない。互いに拾った命の棄てどころを見つけてしまったようだ。
戦争に行くことのなかった者はマシンガンをぶっ放しながら叫ぶ。
「戦争に行かなくても人殺しは出来るんじゃ」
やはり、悶々とする何かを抱いて生きてきたようだ。
自身の尊厳を護る為の意地とプライドを賭けた闘い
それが ただの犬死にであったとしても・・
命はひとつしかない。
だから必死で守ってる。
恥をかこうが何もなかろうが・・。
護るべきものが見つかれば命を棄てても惜しくない。
命懸けで護れれば本望だ。
むしろ、それを見つけるために悶々と生きてる。
自らの命を絶ってしまう者もいる。必死で闘って最後の土俵際まで踏ん張った末の選択か。酒の勢いかはわからない。
みんな自分の事で精一杯だ。他人の事なんてどうでもいい。
生きていようが、うっかり死のうが、そいつの勝手だ。
冷たいようだが、そんなもんだ。その点、血の繋がりはありがたいと思う。
大事な人を失えば時間が止まっちゃう。
自分はフラれたときしか、時間が止まった経験がないが・・。
あれ、まじでキツイからやめてくれる? 一気にやる気スイッチがオフになる。
好きだという、恋愛感情には、必ず負の感情がつきまとう。
不安や不満、焦り、恐怖、妬み、怒り嫉妬・・・こちらのほうが大きいからロクなことはない。
これほど起伏の激しい感情を抱くことは、滅多に経験できないものだが、逆に何も無いなら、死んでるも同然なんだよ。
どうせ死ぬなら、ずっと誰かの記憶の中で生きてやる。
ならばとびっきりの美女がいい。
あ~あ せっかく良い事言おうと思ったのに・・。
この文章が犬死にだったなぁ・・www
まぁ、ジジイの心電図くらいでいい。
時々何か感じるものがあれば生きていけるのさ。
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