θは鋭角とする。
アルデンテみたいなサクッとした芯があるひだまりの中で、ふうが笑った。「にゃふううん。」と息のついでにうれしさが体からこぼれ落ちたその音と表情は、深く深く満たされていた。私は、ねこは笑わない、と言う人がいるけれど、ねこだって感情はあるのだから笑うときはある、と思っている。
ふうの微笑みを見ていると、私もうれしさが体から自然とこぼれ落ちた。そして、私たちは顔を見合わせながら笑った。お互いの言葉すら理解していないのに。けれど、私たちの間で言葉はいらなかった。この瞬間は立派なことを言わなくていいし、切実に伝えなくてもかまわない。うれしさが「ふふふ。」と音になって体からこぼれるだけでよかった。それは、離れたところにある点と点を線で繋げるみたいに、魂と魂が線で繋がり往還すると、笑顔になるというシンプルな事実だった。なんの思惑もないただ純粋に体からこぼれたそれは、静かな熱となり血液と一緒に体内をころころと巡った。
ふうは、寝転んでいる私の元へやって来て頭と頭を、こつん、とやさしくぶつけると、その場にころんと寝転んだ。ひだまりの中でそっと寄り添い、あくびをして、伸びをした。そのなんでもない時間は、私の腐りかけた心に潤いを与えた。
𓃠𓃠𓃠
腐りかけがいちばん美味しい、と言う人がいる。それならば、私の腐りかけた心はいまがいちばん美味しいのかもしれない。腐りかけた心でそう思った。思ったあとに、わけわからん、と心の中でつぶやいて瞼を閉じた。
母の言葉と態度はナイフとなり私を傷つけた。それはあっという間に私の中へ入って来て心をちぎった。ぶわっと溢れる憎悪は鋭角になり、ありったけの力を込めて母を睨んだ。言葉などいらない。それがナイフとなり母へ刺さればいい、と思った。
すると母は
「何その目はっ!親に向かってなんていうことっ!」
と、発端となった自分の言動に対して悪怯れることもなく堂々と怒った。
親だからなんでも言っていい、と思っているのだろうか。母のそういう自他の境界線が緩いところにが厭で厭でたまらない。その野蛮な思想に気付きもせず、他人に自分の狭窄した了見を肌にタトゥーするみたいな行為に反吐が出る。嫌いだ、厭だ。
私は自分が制御できなくなる前に火の玉が飛ぶようにその場をあとにした。すると、後ろから母のガサツな喚きが聞こえたけれど、それを無視して2階へ行くとドサッと寝転んだ。
悲しみ、苦しみ、憎しみ、恨み、妬み、怒り、不安は混ざりながら私を縦に貫いていく。私は浅くなった呼吸を深くするように意識した。
こういうときに泣けたら楽なのにな。
ぽつりと雨が落ちるようにそう思った。そして、縮れた心を伸ばしながら浅く途切れた呼吸から深い呼吸を意識した。
いつだってそうだ。母にとって私は風の前の塵に同じなのだ。自分の言論や行動は常に正義であり、その他諸々は不義でしかない。
すると、寝ていたふうが「きゃわん。」とあくびをして起きて、私の近くへ来て微笑んだ。そのときに、私はふうという大切な存在に救われた。ふうといると、深い呼吸ができるようになった。
𓃠𓃠𓃠
いつの間にか寝ていた。悲しみ、苦しみ、憎しみ、恨み、妬み、怒り、不安は混ざりながら怒りになり、そこらじゅうを赤く染めていたのに、寝て起きたら霧散した。さっきまではあんなにめらめらしていたのに、起きたら爽快な気分で「うううん。」と伸びをしたあとにハッと気がついた。
私、あんなに怒っていたのに。
なくなった感情は焼け跡みたいに煤になっていた。とても情けなく感じた。
鎖のように連なる苦しみは、いまにはじまったことではなかった。幼い頃から現在に至るまでそうだった。
その事実は私のアイデンティティを斑にぶっ壊していく。それはぼろぼろと塊になって剥がれて、その中に隠れていた真実が現れた。
わたしは母が嫌い。厭で厭でたまらない。
シンプルな真実だった。小さな頃から嫌いだった。母を形造るものすべてが嫌いだった。厭だった。母との血のつながりを意識すると腐った気持ちになった。しかし、誰に教わったわけでもないけれど、私のこの感情が不義理に思えて、嫌いという真実の上へ簡素な嘘をぺたぺたと貼り付けて見えないようにした。目を細めても真実が見えないようになった頃には、母を受け入れようとした。器の大きな人のフリをして、母の行動や言動に平気な風を装った。けれど、無理だった。
残酷な現実に躊躇ったときに、私はある詩を思い出してメモしてあるそれを読んだ。
自戒のようなその詩は、ツンと鼻を抜けると心身へガツンと響いた。それは、とんでもないエールのように思えた。私はやっと泣けた。
どん底のときに鋭角な冬を感じた私は
「また、這い上がればいい。何度でもやり直せる。」
と、そう音にして透明な空気へ刻印した。
憎しみも悲しみもある
それすらも塗りつぶすのよ
赤い血の糸