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1年間の療養で収入0になったこともーーいざとなったら保証はない。それでも井上ユリさんがカメラマンを続ける理由

30代が近づくなかで人生の岐路に立ち、新たな道を切り拓こうとする人たちにインタビューしていく連載「それでも夢を追う理由」。2人目は、カルチャーメディアを中心に活躍しているカメラマン・井上ユリさんに話を聞いた。

井上さんがカメラマンになったのは17歳の頃。「好きなバンドと一緒に仕事がしたい」という気持ちから始めたそうだ。そしてその夢が実現したのは、デビューからわずか数ヶ月後のことだった。それから現在に至るまで、憧れの人たちと仕事がしたいという夢を次々と叶えている。しかし、そんな井上さんにもカメラマンを諦めようとした時期があった。「この職業はいざとなったら保証はない」ということを改めて痛感したという。それでもなぜ、彼女はカメラマンを続けているのだろうか。

好きなものには積極的になれた

写真を始めたのは中学1年生の頃でした。ある大好きなバンドと出会ったのがちょうどその時期で、あの人たちと仕事をするにはどうしたらいいんだろうと考えてたんです。それで、楽器も照明もできないけど写真ならやってたからいけるかも!と思ったんですよね(笑)。

井上ユリさんのInstagram

もともと好きなものには積極的になれるところはありました。高校生の頃に、そのバンドが出演していたch FILES(高校生参加型フリーマガジン)を見かけて、少しでも会える可能性があれば……とスタッフ登録したりもして。17歳の頃にはもう本格的にカメラマンとして活動を始めてました。

そしたら!編集部の方にプレゼンしていくうちに、その冬メンバーに取材できたんですよ!もうこれが最初で最後の成功体験になるんじゃないかと思ってしまうほど嬉しかったですね。取材後にはカメラマンとしてライブ写真も任されるようになりました。それからは長い付き合いで、今でも彼らのライブ写真を撮らせてもらってます。

私、小さい頃はそこまで社交的な方ではなくて、中高一貫校に通っても中1の春からすでに不登校気味だったし、気づいたら自律神経失調症になっちゃったりして、4年間ほぼ学校に通わずにただただ寝てる生活を送ってたんです。そんな自分が憧れの人たちと一緒に仕事をさせてもらえるなんて今でも信じられません。

厳しい世界だということは知っていた。でも、これしかないという思いだった

フリーランスになった理由は特にないんですよね。元々スタジオのアルバイトをやってたんですけど、体を壊してしまって独立することにしたんです。

仕事が安定したのはしばらくしてからで、独立直後は必死に持ち込みで営業していました。反応があればラッキーぐらいな気持ちで、片っ端からメディアに電話です。そんなことを繰り返していくうちに、だんだん定期的にオファーをもらえるようになっていきましたね。

ただ、写真を始めた頃からずっと「カメラを通して好きな人に会いたい」という気持ちは常にあって。私オタク気質なところがあるので、そのバンド以外にもいろんなものに熱中してたんです。そういう“憧れの人たち”のことを想像して、いつか一緒に仕事をするんだとモチベーションにしていました。

芸大にいたときも、周りと比べそうになっては、どうにか挫折しないようにインターンに参加したりして気持ちを誤魔化したり、周りの人たちの作品を見ないようにしてやり過ごして。

途中で足を止めたらもう終わりだという気持ちで、無我夢中で走り続けてました。先輩のカメラマンとも知り合いなので、この業界が厳しい世界だということは知っていたつもりです。でも、これしかないという思いでした。

芸大を卒業してからはスタジオに入って、憧れの人たちと会う機会もさらに増えて。どんどん夢が叶っていくようでしたね。嬉しかったです。


コロナ禍でヘルニアに……不安が押し寄せる日々


でも一回だけ本当に心が折れたことはありました。

コロナが大流行してた頃に、ヘルニアになったんですよ。重い手術をして、仕事も休まなければならなくなって。ずっと1人で寝たきりだったのでさすがに堪えました。

カメラマンって肉体労働なので体が動かないとダメじゃないですか。これからどうなるんだろうと不安がどんどん押し寄せてきて。心も体も安定した状態に回復するまでに1年はかかりました。

もちろん休んでいた分の収入はありません。まさか自分がこんなことになるとは思ってもいなかったので焦りましたね。普通に働いても収入がいいとは言えない状態で、いざとなったら保証はない。改めてカメラマンという職業は不安定だなと痛感しました。ただ、こういう経験をしたことで、過去の自分から少し変わったような気もしてるんです。

それまでは人に言われたことをかなり気にしてたんですけど、今まで人の話を間に受けすぎてたなとか、もっと適当でよかったんじゃないかとか。明確な答えが見つかったわけではなくても心の靄が晴れたというか。何でもかんでも真面目に捉えるのはやめようと思えたんです。

カメラマンを辞めようとしたことも。今でも続けられている理由

実は休職中にカメラマンを辞めようと就活していたこともありました。ほんっとに心が折れちゃって!

でも気になる会社の最終選考まで通った知らせを見たときに、急に安心したんです。企業で働く道もあるんだな、と。もう無理だなと明日急に諦めたりすることもあるだろうし、他に大切なことができて辞めるかもしれないですけど、その日が来るまでカメラマンの仕事を続けていこうと決めました。


今でも一般企業で働いて生活した方がよかったかなと思うこともありますよ。フリーランスだとそういう悩みはいつでもついてきますよね。でも自分が選んだ道にちゃんと納得したいんです。自分が頑張ってきたことを正解にしたいというか。

そう思えるのは、“憧れの人たち”の存在が大きい気がします。この人たちの魅力を摂取したら自分もいつかこういう大人になれるんじゃないかと、人生の先輩としてみていました。これまで師匠のような存在はいなかったんですけど、その代わりにその“憧れの人たち”が私のロールモデルなんです。

ただ、しばらくカメラマンをやっていると、会いたい人たちと仕事ができる機会が増えてきて……。それはもちろんありがたいことではあるんですけど、これからはその先の夢も見つけないといけない気がしてます。

それで今後は個人的な活動にも重きを置いていきたいなと思ってるんです。仕事を通して自分が本当に撮りたいものがどういうものか見えてきたんですよね。これまでの活動と並行しながら新しいことにチャレンジしていきたいと考えているところです。


井上ユリさん
17歳でカメラマンとしての活動を始める。京都造形芸術大学卒業後、都内スタジオに1年半所属。現在はフリーカメラマンとしてカルチャーメディアを中心に活躍している。
Instagram:@lily0141

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