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アーツ・アンド・クラフツとデザインウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまでを鑑賞して

学術研究室
北村友里江

暮らしの中に自然や手仕事の良さを取り入れ、人々に美しい暮らしをしてほしいと願い、19世紀にイギリスではじまった芸術運動が、アーツ・アンド・クラフツ運動です。この運動を始めたのが、芸術家・詩人・社会主義者でもあった、ウィリアム・モリス(1834年3月24日~1896年10月3日)でした。

19世紀にイギリスで産業革命が起きたことで、粗悪な品物が出回り、搾取される労働者の増加や環境問題などが起こっていた当時、モリスはそうした現状を打破しようと、手仕事にこだわり、自然をデザインに取り入れました。大衆の暮らしに美しいものを、という思いで制作に取り組んでいたものの、皮肉にもモリスたちの作った家具やタペストリー、刺繍などの工芸品は裕福な人たちしか買うことができず、民衆には手が届かないものとなります。しかし、モリスの精神はアーツ・アンド・クラフツ運動として様々な作品やデザイナーに影響を与え、次第に発展していき、社会主義運動にもつながっていきます。また、手仕事への取り組みは上流階級から労働者階級に至るまで広がり、アーツ・アンド・クラフツ運動は社会に広く浸透していきました。

こうしたウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動は、日本でも注目を集め、展覧会が全国で開催されています。

府中市美術館では、2022年9月23日から12月4日まで「アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで」が開催されました。展覧会カタログの監修は、大阪大学名誉教授 藤田治彦氏が務めました。この展覧会では、モリスのレッドハウスでの取り組みから始まり、イギリスでのアーツ・アンド・クラフツ運動からアメリカでの運動の展開を振り返ります。家具、テキスタイル、ガラス器、ジュエリーなど、約150点の作品を、順を追って鑑賞することでアーツ・アンド・クラフツ運動の流れを自然と理解できるようになっています。
展覧会は8つのセクションで構成され、前半はモリスの作品やモリス商会の仕事を、中盤から後半にかけてはアーツ・アンド・クラフツ展覧会協会や19世紀後半から20世紀にかけての英国のその他のデザイナーやモリス商会への影響、最後にはアメリカでの運動の展開を扱っていました。このコラムでは、展覧会で私が見た作品をいくつかご紹介します。

【図1】フォトスペース
(2022年9月23日 府中市美術館にて筆者撮影)
【図2】格子垣 ウィリアム・モリス(1834-1896)
1864年 木版、色刷り、紙 モリス・マーシャル・フォークナー商会
(出典:藤田治彦ほか『アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで』藤田治彦監修、ブレーントラスト編集、印象社、2022年、p.24.)

まず展覧会入口に入ってすぐ目についたのは、モリスが新婚時代を過ごしたレッドハウスの庭の生垣から着想を得た、≪格子垣≫のフォトスペースです。このデザインには、格子に赤いバラが絡むように咲いており、鳥たちが虫をついばみにくる姿も生き生きと描かれています。バラの赤色と鳥の青のコントラストが印象的で、作品を見ていると、自分が庭にいるかのような気持ちになります。モリスが暮らしの中に自然を取り入れようとした姿勢が感じられるデザインです。

【図3】いちご泥棒 ウィリアム・モリス
1883年 木版、色刷り、インディゴ抜染、木綿 モリス商会
(出典:藤田治彦ほか『アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで』藤田治彦監修、ブレーントラスト編集、印象社、2022年、p.39.)

セクション3では、「天然染料インディゴへのこだわり」をテーマに、インディゴ抜染の作品が並びます。商業主義や近代化に反発したモリスはインディゴ染めへ情熱を傾け、染めに適した水が流れるマートン・アビーに工場を設け、インディゴ抜染に取り組みました。ここでは、モリスの作品として人気がある≪いちご泥棒≫も展示されています。植物と小鳥とイチゴが連動した精巧で緻密なデザインに、インディゴの藍色と赤や黄色など複数の色が抜染され、制作には高度な技術を要しました。小鳥が対になり、いちごをついばむ様子が愛らしく描かれ、制作当時から人気を誇っています。この作品は、今でもオリジナルの配色のままで楽しまれていることはもちろんですが、アパレルや壁紙では、配色を変えたり、全体を単色にするなど、様々な色合いで親しまれています。

【図4】すいかずら メイ・モリス(1862-1938)
1883年 木版、色刷り、紙 モリス商会
(出典:藤田治彦ほか『アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで』藤田治彦監修、ブレーントラスト編集、印象社、2022年、p.31.)

セクション5では、モリス商会の仕事を展示していました。モリス商会では、モリスやモリスの仲間のデザイナーの家族も作品をデザインしていました。例えば、モリスの娘のメイ・モリスはパターンデザインや刺繍で力を発揮し、モリス商会の刺繍部門の責任者を任されるほどの腕前でした。よく目にする彼女の作品に、≪すいかずら≫があります。重なり合っている桃色の花弁と緑の葉や茎を大胆に描いており、1876年に同じくすいかずらを用いたモリスのデザインよりシンプルな作品です。メイがサウスケンジントン美術学校でテキスタイルデザインを学んだ後に制作されました。

展覧会の後半では、モリスの影響を強く受けており、アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会の会長でもあったウォルター・クレインの木版やイラスト、宝石ブランドのティファニーのもとになったティファニースタジオのランプ、アメリカでアーツ・アンド・クラフツの影響を受けたフランク・ロイド・ライトのステンドグラスなど、貴重な作品が並びました。

現代では、ウィリアム・モリスから始まるアーツ・アンド・クラフツ運動のデザインは、アパレルや雑貨へ利用され、商業的に多くの人に親しまれるようになりました。モリスのデザインを気軽に手に取れることは好ましい一方、その精神を多くの人に伝えていくことも、より意義のあることに感じられます。モリスが訴えてきた、生活の中に自然を取り入れる、手仕事の良さを大事にする、という精神は、人や環境を大切にするというエコロジーの考えにもつながるものでしょう。手間ひまをかけてつくりあげられた当時の作品の奥にある、モリスとアーツ・アンド・クラフツのデザイナーたちの心が、展覧会を通じて多くの人に伝わり、今、その精神を私達が活かすことがモリスたちの願いなのかもしれません。モリスのデザインが身近になってきた今だからこそ、より一層、今後の展覧会に対する期待も高まります。

<参考文献>
・北村友里江「アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで」『デザイン史学研究会誌 第20号』所収、デザイン史学研究会発行、2023年。
・藤田治彦『ウィリアム・モリス 近代デザインの原点』鹿島出版会発行、1996年。
・藤田治彦ほか『アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで』藤田治彦監修、ブレーントラスト編集、印象社、2022年。
・「Styling Arts and Crafts William Morris ウィリアム・モリスの世界~作品解説 いちご泥棒(テキスタイル)」〔online〕https://www.william-morris.jp/works/textile-strawberry-thief.html (参照2024-5-13)。

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