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うわべの正義

沖永良部島。「秘境の楽園」の二つ名を持つその別世界は、奄美大島をさらに南に進んだ先にある。
南の風に育まれたこの島が父の新しい赴任先に決まった時は嬉しさで爆発しそうだった。

普段、鹿児島県本土で寮生活をしている私はこの夏、初めて沖永良部島の大地を踏んだ。


赤土の丘には真っ白なエラブユリの絶景。東洋一の美しさ言われる鍾乳洞。海に潜れば水色のソーダの中をカラフルな小魚たちが気持ちよさそうに泳ぐ。
シュノーケルで沖に出て、ウミガメと泳ぐという夢も叶えることができた。
島民の皆さんは朗らかで、祭りが始まればたちまち坂道が原宿の人混みと化し、至る所で笑い声が聞こえてくる。島民数11000人とは到底思えない活気のある島である。
16年生きてきた中で一番の夏休みを送ることができた。

しかし、沖永良部島の素晴らしさをたくさん味わったからこそ、改善が必要だと感じた場面もあった。それはゴミ問題だ。特に海洋汚染が深刻だ。

無論、観光地として整備されている海水浴場では、ゴミもなく綺麗な海水の中を宝石のような魚たちが泳ぐ文字通りの楽園が広がっている。
しかし、観光地化されていない場所ではゴミが多い。海岸に打ち上げられた発泡スチロールやペットボトルなど大小さまざまなゴミ、海面にはマイクロプラスチックが浮き、海に潜るとレジ袋が漂っていた。水面に注意して泳がなければ陸に上がったのちに頭に付いたゴミに後悔する有様であった。

海洋ゴミについて調べたところ、島民によって捨てられたゴミは少ないとわかった。
日本財団によれば、海洋ゴミの7割から8割がポイ捨てやゴミ処理時の流出によって、街から流れ着いたものだそうだ。
離島に限れば、範囲はさらに広がる。鹿児島本土でポイ捨てしたペットボトルが時間をかけて離島の海を汚染している可能性も高い。


観光地としての価値向上を狙う沖永良部島が、そのターゲットである島外の人々の生活による悪影響を受けているという事実を悔しく思った。
そして、県本土で寮生活をしておりゴミの分別などをするだけで環境保護に貢献していると思っていた自分が環境問題に対しあまりに無頓着であったことを恥じた。

この体験を経て、人間は自己満足に陥りやすいということ、その事実に気づくためには自らが当事者の立場に寄り添わなけばならない、ということを理解した。

自らの「正義」がうわべだけの虚構にならぬよう、疑いをもつことを心がけるようになってから、様々なことが異なる見え方をするようになった。

例えば祖母の戦争体験に対する見方である。
当時12歳だった祖母は天草で長崎原爆の光を見た。イチジクの木の下で編み物をしていたところ、青い空が突然ぴかっと光り一瞬にして大きな白煙に包まれたと言う。
しかし、彼女以外にその光を見た人は周囲にいなかった。当時は原爆の光を見た人は不吉だという噂があったため、祖母は周囲の心無い言葉に辛い思いをしたそうだ。

戦争から79年が経った今、人々は「今が平和でよかった」と口々に言う。

何が「平和でよかった」だ。
世界に目を向ければ今も多くの人々が他者を憎み、殺し、殺され、その連鎖に嘆いている。

祖母に言わせれば「戦争は終わっていない」のであろう。戦争の裏側で人々の根拠のない言葉により心に傷を負った人が大勢いたことは言うまでもない。そして今もなお、危機に際して他者を傷つけるという人の性質は何ら変わっていない。それどころかSNSの発達に伴う伝播性の加速により、誹謗中傷はエスカレートしている。
「平和でよかった」は現実から私たちの目を逃避させる言葉でしかないのだ。

社会は私たちを盲目にする要因に溢れている。
では、それらに囚われないためにはどうすればいいのだろうか。

そもそも私たちを盲目にする要因には、宗教や一辺倒なマスメディアなどの環境的要因と、自分の中で育てられた偏見や差別の心の主体的要因がある。

前者を排除することは難しい。なぜなら、一部の宗教など科学的に矛盾が生じる内容であってもそれが人々を強く結びつけてきた歴史があるからである。また、マスメディアに制限をかけ言論の自由を奪っては、窮屈な社会を生み出しかねない。

だから、後者の主体的要因の改善が重要だ。「疑いを持つこと」の意識が必要なのである。
そのためには、デバイス上の情報に頼り過ぎず自らの足を運び、自らの耳で、自らの目で物事を確かめなくてはならない。

私は高校1年生。
16年前、両親は私に「正義」という名をくれた。
父は「『正義』とは、合理性を放棄する勇気」だと言う。

では私たちの日々の行い、表面上の体裁や発言だけの「善行」とは本当に「正義」と呼べるものなのだろうか。
私たちの言動は「うわべの正義」になっていないだろうか。

より良い社会を次世代に繋ぐ責任者は私たちだ。
本質を掴みそれを周囲に広げることのできる、勇気のある人間に私はなりたい。

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