失ったもの
唯一、1人で行けるbarがあった
いつだったか覚えていないくらい昔、知人に連れて行ってもらってからの付き合いだった
カウンターに7席ほどの小さなbarだった
カウンターの中には一回りほど年上のマスターと、お手伝いの私と変わらないくらいの年の女性がいた
私はマスターが作ってくれるソルティドッグが好きだった
1杯目のオーダーは必ずソルティドッグだった
グラスの縁に塩を付け、グレープフルーツを絞る
その一杯は1日の疲れを癒してくれた
その後もその時の気分に合わせて色んなカクテルを作ってもらった
時々しか行けなかったけれどマスターはいつも気遣ってくれた
元気か?
無理すんなよ
またけえや(またおいで)
兄の様であり、父親の様だった
離婚して数年経った時
どうしても困った時には相談に来い
マスターに甘えることは無かったが、その言葉は心の支えのひとつだった
その店がひっそりとその歴史を閉じた
突然の閉店だった
コロナに罹っていないけれどコロナに負けた
私は帰る場所をまたひとつ失った
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