
掌編小説【あん庵】
お題「にわとり」
「あん庵」
小豆を炊いている。真夜中に。小豆の匂いが庵に満ちる。
砂糖を入れる。甘いあんにするのだ。熱された小豆たちが身をよじる。クツクツクツと小さな音を立てて。庵の外は重く深い闇で覆われている。
しかし、庵の中は熱と灯りで満たされている。炊き続けるのだ小豆を。夜が明けるまで。闇は小豆に溶けていく。クツクツクツと小さな音を立てて。
闇を溶かし込んであんにするのだ。小豆と砂糖と闇と。闇は病みだ。溶かしてしまうのだ病みを。もっともっと。小豆を炊き続けろ。小豆の匂いが庵に立ち込める。クツクツクツと小さな音を立てて。
音と匂いが病みを祓い、甘い闇になる。一口味見をする。甘さが口中に広がり溶けていく。もう少しだ。窓の外がうっすらと明るくなってくる。小豆が闇を溶かしている。クツクツクツと小さな音を立てて。
外はどんどん明るくなってくる。もう一度味見をする。東の空に太陽が顔を出す。一番鶏が鳴く。完成だ。全ての闇は小豆に溶けた。
魔女は大きく伸びをした。人々は毎晩寝ている間に癒される。魔女が病みを溶かしているから。
でも人々はそんなことは知らない。
魔女が看板を出す。『げんきになる饅頭屋・あん庵』
「おばあちゃん、おまんじゅうちょうだい」
おかみさんや子どもたちがワラワラとやって来る。
「あいよ」
今日も「あん庵」は繁盛している。
おわり (2022/2 作)
いいなと思ったら応援しよう!
