記憶シュ 十片=一記憶。(完)
あの店、こんな外観だったのか。
店を出たときはすっかり君也に乗っ取られてて、それどころじゃなかったし、入ったときにも浩二の意識はなかったから、奇妙な話ではあるが、今がこの店の外観を見た第一印象の時間だ。
看板の「記憶シュ」のシュの部分には_がひいてあり、今の浩二になら、それが「種」の「シュ」であるとわかる。
看板ばかりに目がいっていたが、この小屋、窓がない。
やはり浩二のようになってしまう人間がいるから、外から見えないようにしてあるのだろうか。それとも、あの密集していた棚が多すぎて窓をふさいでしまうから、作らなかったのか。
「・・・どうしたんだ?早く行こう」
不思議そうな顔をした君也が、引き戸に手をかけていた。
何で引き戸なんだろう、と新しい疑問が浮かびながら、君也の後に続いた。
「いらっしゃい・・お。おかえり」
また内側の棚の整理でもしていたのか、気配に気づくと未明店長がカウンターから顔を出した。
「相田くん、と、長谷川くん。一緒に来たってことは――呼び出したのは相田くんだなあ?そして御用は・・・返品と見た!」
びしっと指を指して得意げな表情でこちらを見る店長。
今日の内にあったばかりなのに、その動きや声に懐かしさを感じてしまう。
「え、あ、いや、俺はまだ、納得してません」
君也が戸惑いながら自分の意思を伝えた。
「そりゃあ、そうだろうねぇ。中々に固い決意でここまできてたし・・・ね、相田くんに、事情は話したの?」
カウンターから身を乗り出すようにして、いまだに少し距離のある位置にいる浩二と君也を覗き込むようにする未明店長。
「あ、はい。さっき。経緯だけ」
「ふぅん・・・・じゃあさ、その後も言わないと相田くん突っ走っちゃうんじゃない?」
全て知り尽くしているかのような口ぶりに、頭に疑問が浮かび上がる。
君也は山に登る時、すごく辛そうだったのに、なんで未明の店長はそんな飄々と君也に聞き出すのか。
「あ、別に内容は俺知らないよ?」
僕の疑問を解消するように教えてくれた。これも人を沢山見続ければ習得できるんだろうか。
「たださー記憶を扱うものとしてのカンがさあ、全体的に『上手くいってない』ってカンジするんだよねえ」
頬杖をついて、退屈そうにうつむき気味で未明店長が喋る。
君也はここに来るまでに身だしなみは、もちろん整えてきたし、服の趣味も、傍から見ればいつもの君也に見える。
記憶を扱う者のカンは、刃物並みに鋭いようだ。
「えっと・・じゃあ続きを・・・」
少し戸惑い、ちらちらと浩二と未明店長とを行き来した視線が、ピタリととまった。
「記憶を手放した俺は、その後いつも通りに出社した。確かに、仕事が昨日までよりずっと、普通に出来るようにもなってた。でもそれは最初の内だけで、日に日に、どんどん執着がよみがえってきた」
記憶を捨ててもなお、君也の中にその気持ちが少しでもある限り、きっとまた大きくなっていくのだろう。
君也の会話への愛はそれほど深いのだ。浩二はそう理由付けた。
「結局は元通りで。俺はもう嫌になって仕事を止めた。人と話すのも、どんどん会話に毒されてくみたいで、嫌になった・・・風を装って本当は逃げたかっただけかもしれないが」
君也は、会話への気持ちに噓が付けないようだ。
「相田くんはどうよ?どうして記憶を返したいワケ?」
突然指で作られた二本のピストルが浩二に向けられた。
少し驚いて肩が跳ねたが――焦らずにはなし始める。
「僕は・・・ここを出てからの何時間かで、すごく沢山の変化がありました」
「そうだねえ。こんなにスラスラじゃなかったよ、相田くん」
人からそういってもらえると改めて、変わったんだと自覚できた。
「その何時間の間で、僕は沢山君也の記憶を見てきました。それを通して人との関わり方とか、たった一つの例でしかないですけど・・人がどう思ってどう感じて、どう考えて動いているのか――それも知りました。」
横の君也が小さく微笑んだような気がした。それはきっと、何度か見た諦めの微笑なのだろう。
「そして今、君也にはこんなに素晴らしい経験の塊が、全部抜け落ちている。それも自分の意思で。だから僕は戻したい。この記憶の中にある全てを持ち主の元に。この中には良い経験ばかりじゃないし、確かに君也が手放したいと感じるものも沢山あるよ」
でも。それでも。原因を知ったらなおのこと。
浩二の視線は君也を見つめて離さなかった。
「君也の思う『話すことに対する愛情』は、紛れもなく個性で、才能だよ。その才能が生かせる場所は絶対にあるよ。安易だけど・・・カウンセラーとか。利害とかなく、人の話を聞くための場所でさ」
『話を聞く場所』。きっとそれが君也に向いている、君也が長年求めていた居場所なのだろう。
「そうしたらさ!やっぱり話すためのスキルが必要になってくるじゃない。僕の中に留まってる君也の記憶にはさ、そういうものがいっぱいあるから――つまり、君也の中にはあ沢山抜け落ちているんだよ。拾って帰ろうよ?」
僕はどうしても君也に自分の記憶を認めてもらいたくて、君也の手を取った。
触っていれば少しは戻らないかな、と馬鹿らしいことも思ったけれど、それよりも納得して戻してもらいたかったんだ。
君也は黙り込んだまま、握られた手に視線を向けていた。
そしてパッと手を離すと、顔を上げて浩二の頭を人差し指で押した。
小突かれた浩二が目を丸くしていると、ニッと記憶の中に沢山あったいい笑顔の君也がそこにはいた。
「しょうがねえなあ!浩二がそこまで言うなら仕様がないな!やってやるよ!要は俺の性格を熟知した俺が、新しい仕事先を見つけてきてやればいいんだろ!?楽勝よう!」
明らかに少し無理をした様子の君也が、それでもすごくうれしそうに笑みを浮かべて腕を振り上げた。
「りょーかい。じゃ、ヨミ呼んでくるわー」
気の抜けた軽いノリで未明店長が垂れ幕の向こうへと消えていった。結局、店長には話聞いて貰うだけで、店長らしいことしているところは見なかったな。
今更だが、記憶の抜き取りってどうやるんだろう。
記憶の吸収は紅茶だったから、何の身の危険も考えずに来てしまったけど・・・。
「な、なあ。記憶抜いたときって、どうやったんだ?」
こそっと耳打ちをすると、君也があざとく微笑んだ。
「――チックン」
注射針を刺す位置に人差し指を立てられた。
「え?」
何故記憶の吸収のときは紅茶だったのに、その逆が注射針なのか。引っ込んでしまった未明店長に問いただしたくなってきた。
「戻ったぞー」
「いらっしゃい、二人とも」
「い、いらっしゃいませっ」
ヨミと一緒にあの紫少年が顔を出してきた。また机と椅子を抱えて。
あれ?そういえば、名前聞いてないな?
記憶の作業が全部終わったら聞こう。間違いなく記憶に残そう。と固く決心した。
「あ、未明店長。君也から聞いたんですけど、どうして紅茶と注射針なんですか?記憶の出し入れ」
聞こう聞こうと思っていたことのもう一つを未明店長に近づいて尋ねてみる。
大丈夫だとは思うが、もし記憶が抜かれるときこういう変化した部分も丸々君也へと行くんじゃないか、と不安がよぎる。
「あーまあ、俺らがやりやすいからなあ。とはいっても別に一種類だけじゃねぇのよ?記憶をきちんと脳から取り出す手術とかもできるし、針じゃなくて薬を飲んで口に手をいれて出したっていいし・・・記憶を埋め込む方もまあ色々あるけど、どっちも針や紅茶よりかは、やろう、って気ィしないっしょ?」
と言いながら、紅茶の方の安を知らない浩二はぼんやりと頷き、記憶の埋め込みの方を一切知らない君也は不思議そうな顔をし、両者の中途半端な表情をみて、今度は未明店長の目線は、紫少年へと向けられた。
うんうんうんうん、と首を縦に振る紫少年。早く名前が知りたい。
「じゃあ・・・覚悟はいい?」
いつの間にか、ヨミさんに腕をつかまれ袖が捲り上げられていた。
本当に注射を打たれるんだ、と注射が大の苦手だった浩二はふいっと君也のほうに目線を向けてしのぐことにした。
「ん?もしかして苦手?」
目線に気づいた君也が近づいてきて耳打ちをした。
小さく首を縦に振る。苦笑気味に君也が反対の手を取った。
「はい。手握っててあげますねー」
「・・・・恥ずかしいな」
「だろ?その恥ずかしさで紛らわしちまえよ」
それに小さく笑って返そうと思った瞬間、チカッと目の前が点滅した。
君也の記憶同士ばかりが、混じりあって濁流のように右下へ右下へと流れていく。
右下の腕には針が刺さっているはず。ということはこれが、記憶を抜かれる感覚か。
すすられた長い麺になった気分だ。それも極太で、脳内がズルズルと吸われる記憶のことでパンパンになる。
視界は明滅し、身体全体の感覚はないし、ぐにゃぐにゃと世界が歪む。
頭の中では君也の記憶が容赦なく吸われていく――
――止まった。
記憶がぬけていく感覚が止まり、そして針が抜かれる感覚の後に、自分の体の感覚が戻ってきた。
「お、おお。やっぱり皆泣くもんか。すごかっただろ」
君也が驚き、少し安堵したように言った。僕は泣いていたらしい。
「だ・・・って、こんなの頭滅茶苦茶なる・・・・!」
まだふらふらとしているらしく、君也に近づこうとすると前のめりになり、とっさに君也の腕にしがみついた。
「おー。種も一個だったし、サイズも変わんない。喋り方見ても問題はないな?」
君也の背後から未明店長が顔を出した。
「は・・・はい」
浩二としては、作業を事務的に進められて不満だらけなのだが、きっとこのぐしゃぐしゃの気持ちになっているのは浩二だけなのだろう。
何か、とんでもなく大事なものがぬけたような感覚だ。終わってみるとものすごく気持ちが良い。それになんだか妙に笑いがこみ上げてくる。
君也の言っていたことはこれだったのか。じゃあ君也にとっても、とても大事なものがぬけた感覚があったのだろう。
もう本当にないのか、と記憶を探ってみる。
君也が考えていたことや、たどってきた道のりが、自分が考えたことから考察するしか手段がなくなっていた。
考えてなかったあれやこれの記憶は、何も思い出せない。
覚えているものも、ぼんやりと川上さんとか、柊がどうとか、斉藤?だとか・・それくらいしか出てこない。実際に会ったはずの川上さんもぼんやりと記憶に霧がかかっている感じだ。
君也の記憶から出ていた人格にすっかり乗っ取られていたからだろうか。
「あれ?じゃあ俺の大きな種、紅茶を作る材料になるんですか?」
君也が不思議そうに運ばれてきた紅茶を眺めている。今回も未明店長が運んできている。もしかして、今日の出来事をとことん再現しようとしているのだろうか。
今回も紅茶は二つ。
でも机のほうに配膳される前に、一つ目の方は未明店長からじきじきに手渡された。
ないとは思うけど、間違えたら大変だしな。とボソッと呟かれた。
そして紅茶が置かれるとおいでおいで、と未明店長が手招きをした。
されるがまま動揺しながら席に着く君也。
ヨミさんがさっきの注射針の中で挟まっている、見覚えのある種を取り出した。
同じ記憶だから同じ形になるんだろうなあ。とあの時と何の狂いもない形の種が紅茶に沈められるのを見守っていた。
種はまた砂糖のように溶け出し、すぐに消えて溶け込んだ。
「それでは、相田くん席についてくれるかしら。ご一緒に飲み干しましょ。特に意味はないけれど」
ヨミさんまでこの謎の再現に乗り気のようだ。最も前回はタイミングは一緒ではなかったが。
そこまで異論はないので素直に座る。
「では・・・さん、はいっ」
紫少年の合図ですっとカップを傾ける浩二と、傾けたはいいものの中々勇気が出ずに飲む音が聞こえない君也。
あれ?君也も再現に協力してる?と思いながら飲んでいると、グッと傾けて飲み干すような音がした。
思い切りがいい。流石に浩二とは違うようだ。
飲み干して、紅茶を置いた。今、君也の中では色んな感情と記憶が混じりあって何度も何度も記憶が行き来しているだろうなあ。と思いながら若干ピクピクと痙攣している君也を見つめる。
自分がやった、同じ記憶だから安心して見れるけど、これ、一緒に付き添いか何かで来た人は殺人を疑っちゃうだろうなあ、と静かに君也が戻ってくるのを待っていた。
そういえば、自分のときは飲み干すまでに時間がかかっていたからか、飲み干してから痙攣している時間はなかったな。
やはり自分自身の記憶だと違うのだろうか。中々戻ってこない。
「も、もしかして・・医療ミスとかじゃ」
なんてヨミさんを見ると、
「もう戻ってきてるよ。構ってもらえなくて、ふざけてるだけ」
と指を指された君也に目線を戻すと、さっきより酷い体勢で白目をむいてわざとらしく痙攣していた。
「はあー・・・君也。悪質だよ、君也」
立ち上がって、君也の頬を二度三度叩いてやる。
「だってさあ、痙攣してるってのに、すっごい冷静でおっかねぇし。浩二」
どことなく効きなれた雰囲気の口調に、酷く安心感を覚える。記憶にはほとんどないが、君也と似ているんだろう。
「だって僕は飲んだことあるから。それにさっきも、ヨミさんにやってもらって無事に終わってるし、今更疑わないよ」
「ひっでーもうちょっと心配しろよー」
口数の増えた君也がなんだか愛おしいと感じる。もちろん、純粋で健全な友愛だ。
「さて。お二人さん。お財布はあるかな?」
「あ」
忘れてた。そういえば次来る時に財布を持ってくる約束だった。
そして君也もそれは同じで、半ば強引に連れ出したのもあってか、浩二と同じようなしまった、という顔をしていた。
「・・・なるほどねえ。息の合った二人組だわあ」
未明店長が苦々しい顔でさっきまで浩二がいた席に座り、机に頬杖をついた。
「じゃあ。また三日後にもってこいよ。怪我は記憶だけじゃ治らないし、怪我に対する痛みの認識が段々飛んでってる感じがするのは、ただ単にヨミがそらして日常生活に支障が出ないようにしてるだけだから」
「ん?怪我してるのか?浩二?」
そういえば怪我も忘れていた。と思っていると君也が不思議そうに口を挟んできた。
「まあ・・・そうなんだ。ここに来る前に木に思いっきりぶつかっちゃって」
「は!?それ大丈夫なのか!?」
机をバンと叩いて君也が立ち上がった。ボケーッと遠くを見ていた未明店長が振動で頬杖が崩れて机に顔面ダイブしていた。
「う、うん。それで倒れちゃって手術?してもらって、なんかいつの間にか君也の記憶を貰う話になってたよ」
あれ?そういえば、何か忘れてるような・・・
「ああ。それね。私が仕組んだからしょうがないの」
しれっと手を上げて、ヨミさんが爆弾を投下した。
「は!?」
「え!?」
「そうなの!?」
二人してヨミさんに顔を向けてどういうことか、と顔を歪ませる。そして何も聞かされてなかった様子の紫少年。彼もヨミさんに頭を向けていた。
「だから。相田くんが道に迷ってるのを見かけたから、社まで誘導してあげようかなあ、と。そのまままっすぐ行くと、ここにたどり着くし、自縛霊もいるから大丈夫かなあ・・・と思ったの。でも引っ張る力が強すぎたみたい」
ほとんど表情を変えずにケロッと白状したヨミさん。
彼女との初対面の時、なんだっけ・・・ああ。「土地神とか、頭までコスプレなのか」とか思ったけど、大丈夫。
ちゃんとコスプレじゃない、土地神様だったよ。昔の自分。ケロッといえちゃう価値観がもう神様だよ。
「え。というか、『自縛霊』って、なんて呼び方してるんですかっ!」
「何?いじめ?その呼び方」
確かに彼も初対面のときすり抜けたような気がしたけども。
「だって、自縛霊だもん。ほかに呼びようないし、仕方ないよ」
ほかならぬ本人がさらっといってのけた。
「それでも!いけないよ!」
「おう!自縛霊からどっかとって名前にしようぜ!えーっとえーと、ジ・バクレイ、みたいな!」
それは――いかがなものだろう。でも君也がのってくれてうれしい。
「じゃあ、濁点抜いてハクレイにしましょう!漢字!何が良い!」
いいながら胸ポケットをまさぐって、思いつく限り、漢字を書き綴っていく。
【白 泊 迫 箔 伯 拍 ・・・】
「一枚くれ!レイを書く!」
君也がそういってこちらもポケットからシャーペンが出てきた。
手帳を一枚破いて渡すとこちらも書き出した。
【麗 例 令 礼 麗 玲・・・】
「・・すげぇなあ」
「そうね。元々仲がよかったのがよく分かる・・・。ごめんね、ハクレイ。名前、考えてあげるんだった」
一番の身近な二人がそんな風にしみじみと言っていることに、記憶をつかさどる変人と土地神だから、この問題に気づけなかったのだろうか。なんて思いながら手を休めない。
「よし!」
「こんなもんだろ!ハクレイ!何がいい?」
君也がハクレイを見てうれしそうに笑いかける。
「え?え?・・・じ、じゃあ、白と、美麗の麗、で。なんか、相性よさそうな二文字、ですから」
丁度書き始めの二文字を指でさして白麗は微笑んだ。
うん。確かにいい漢字だ。
「じゃあ今日から君は、白麗!よろしくね!僕は相田浩二!」
なんだか感極まってしまって、名乗ってしまったけれど。
「俺は長谷川君也!」
そんな風にノってくれるのがうれしいのだ。
お互い誰に言われるでもなくなんとなく顔を見合わせて
「「これからどうぞよろしく」」
と、二人して頭を下げたのだった。
「なー帰っちゃったなあ、白麗」
「そうですねぇ。ちょっと寂しいなあ」
椅子と机を片付けながら、白麗が呟いた。
「珍しいね、そんなことをいうなんて・・でも、名付け親だから、恋しくなって当然ね」
ヨミがそういいながら今日使ったカップやら注射器やらの器具を消毒液に放り込んでいる。
ここは垂れ幕の向こう側。店の三人の住居スペースだ。
「それにしても、生きててよかったね。あぶなそうだったじゃない。自我が大事なのよ、記憶との同居には」
ヨミがそういいながらクルメを見上げていた。
「まー・・・確証は、なかったケド。自信はあったからなあ。何せ、幼稚園時代の幼馴染だろ?どうにか接点作って、相田くん、お人よしだから返しに行くと思ったんだよ。で、そんときに他者への関心が強い相田くんは、自我に目覚める――と。」
机に足を投げ出して、アンティークの紅茶をすするクルメ。当然中には記憶入りだ。
「その話も・・・前々から予定してたんでしょ。小さい相田くんを私に引き寄せるように毎日のように言って。で、最近白麗が見つかってようやく開業できたから、お客さん一号と二号を、あの二人にしたんでしょ。悪質だわ」
クルメは、幼少期のあの二人に会ったことがあるらしい。
そのときすでに、両方の問題を見つけて、小学校に上がった浩二くんには山へ登る趣味と、社。それから開業前の記憶シュを見せびらかして、君也くんには頃合いを見計らって記憶を捨てに来るように誘導して、両方の問題が解決するように、今日までずっと暖めていたようだ。
「でも・・・もし誰かが介入して、問題が解決しちゃったらどうするつもりだったんですか?二十年近く暖めちゃってるのに」
片づけが終わって白麗とヨミがそれぞれクルメの向かいの席に座った。
「絶対それはないな」
いいながら紅茶を置いた。
「相田浩二は「自分」に対して曖昧で自我が薄く、それを解決するには自分に対してもっと興味を持たなくてはいけないが、彼の関心は他者に向きっぱなしだった。
長谷川君也は「自分」に対して自我が濃いが、他者への評価に怯えっぱなしで、加えて「会話」への執着があった。
・・・大きな問題を起こすか、自分でこの現状に気づきでもしなきゃ、解決にはならねぇ。
問題が起きて、誰かが介入しようとしたらそれは言いくるめて止めてたし、自分で気づけばそれをエサに記憶シュへとつなげる。俺はどうしても自分でやりたかったんだ」
「エゴですね」
「うん。悪質よ、やっぱり。それって放っておいたらもっと早く解決できたんじゃないの」
何でそこまでクルメが二人に執着するのかわからない。
「だってよー・・・嫌じゃんか。せっかく長い間友人で入れる二人をくっつけずに、問題解決させちゃったら。問題を乗り越えるから、友情が深まるわけよ。あと、ああいうドラマチックなのってさ、一号と二号にはもってこいじゃん?」
結局は自分のためだった。とことんクルメの思考回路は色々な記憶が混ざっているからか、わかりにくい。
「さーて。明日からは俺が仕込んでおいたお客もガンガン来るし、もう寝ようぜ。想定外の何かが起きるまでは、また退屈になるかなあ」
とぼやきながら垂れ幕をくぐり、寝室へと消えていった。
「予定調和が嫌なら仕込まなくちゃいいのに」
白麗は心底そう思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?