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『うさぎ先生とインパクト・バイアス』

こんにちは!
みなさんは期待してますか?今回のテーマは、一言で言うなら取らぬ狸の皮算用的な心理の事です!
※表紙のイメージはアライグマです

それではうさぎ先生とユキちゃんのストーリーをお楽しみ下さい!

●今回のテーマ
インパクト・バイアス (Impact Bias) 

インパクト・バイアスとは、人が将来の出来事の影響を過大評価してしまう心理的傾向のことです。

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【プレッシャーと過大評価の罠】

 その日、夕暮れ近くのオフィスで、ユキちゃんは震える指でパソコンを閉じた。社内で提案した販促企画が、上司から厳しい言葉を浴びせられ、「この程度なら新卒でも考えつく」とまで言われたのだ。彼女は二年目のOLとして、部署で地味な業務をこなしてはきたものの、ようやく任された販促アイデアが酷評され、心中は嵐のようだった。
 「……もう、私、これで終わりかもしれない」そう心の中で呟きながら、ユキちゃんは会社を出る。秋風がビル街を抜け、彼女のカーディガンを揺らす。どこか懐かしい匂いがする帰り道、彼女は胸に重りを抱えたまま、自宅のマンションに向かった。

 ユキちゃんが暮らすマンションは、古くから残る低層の建物で、周辺は新築のタワーにはない素朴な雰囲気が漂っている。エントランスを抜け、階段で自室へ向かう途中、薄暗い廊下には昔ながらの型の蛍光灯が静かに灯っていた。子供のころ、祖母の家で過ごした夏休みを思い出させるような、どこかノスタルジックな空気がある。

 ドアを開けると、部屋の中央には一匹の白いうさぎがちょこんと座っていた。もふもふの毛並み、そして真っ黒な瞳。普通のペットと違うのは、そのうさぎが教授然とした口調で喋り、ユキちゃんを出迎えることだった。
 「おかえり、ユキくん。今日もお疲れだな。」
 「ただいま、うさぎ先生……」ユキちゃんは小さくため息をつく。

 実はこのうさぎ、名を「うさぎ先生」という。かつて名の知れた大学で心理学やマーケティングを教え、1万社以上の企業を支援してきた伝説的なマーケッター。しかし、社会の闇に触れ、ある闇の組織による奇妙な呪術でうさぎの姿にされてしまったらしい。その過去は謎めいているが、今はユキちゃんと同居し、日々穏やかに過ごしている。
 「ただいまの声がちょっと沈んでるな。どうした? 販促企画の結果、芳しくなかったのかい?」
 「そうなんです…。上司から散々な言われようで。もう私、会社で浮いてるんじゃないかって……」
 うさぎ先生は、ふわふわの尻尾をぴくりと動かす。「ふむ。それで、君はそのミスが人生を左右する大惨事だと思っているわけだ。」

 ユキちゃんは肩を落とし、ソファに沈み込む。「だって、せっかく任された仕事なのに、あんな酷評……もう私のキャリアは下り坂です。」
 「フフフ、ユキくん。それは『インパクト・バイアス』ってものだよ。」
 「インパクト・…バイアス?」
 「そうだ。人間は、ある出来事が将来に与える影響を過大評価しがちなんだ。今起きている失敗や成功が、この先ずっと続くかのように思い込んでしまう。特に、感情が強く動かされる出来事ほどね。」
 ユキちゃんは顔を上げる。「でも、今回の失敗は本当に致命的な気がするんです。こんなに落ち込んでるのに、時間が経てば薄れるなんて、本当なんでしょうか?」

 うさぎ先生はクッションの上で前足を揃え、教授さながらの調子で続ける。「確かに今は気分が沈み、周囲の目が気になるかもしれない。しかし、感情はな、放っておいても自然に薄れる性質がある。人間、どんな喜びも悲しみも永遠には続かん。今君が感じているこの『ダメだ…もう終わりだ…』という思いも、意外とすぐに弱まるんだよ。」
 「でも、今は苦しいですよ。」ユキちゃんは眉を下げる。

 先生は柔らかな声で続ける。「分かるさ。だが、考えてみたまえ。この販促企画が失敗したとして、それが一年後、君のキャリアにどの程度影響する? 一週間後には、周りは他の仕事に気を取られ、今日のミスなどすぐ忘れてしまうかもしれない。『インパクト・バイアス』に陥ると、今この瞬間が未来永劫続くように錯覚してしまう。でも実際は、感情も評価も流れ続ける川のようなもので、同じ場所にはとどまらないんだ。」

 ユキちゃんは納得しきれないまま、足元を見つめる。「でも……なんだか、今はそう思えないです。」
 「まあ、そう急に納得しろというのは無理な話だ。今夜はゆっくり休むといい。まだ君は新しい朝を知らないだけだよ。」
 その日の夜、ユキちゃんは枕元に携帯を置き、電気を消す。薄暗い部屋には、うさぎ先生が置いた小さなラベンダーのポプリの香りが漂っていた。遠くで車の音が微かに響く中、ユキちゃんは目を閉じる。
 明日は少し、違う景色が見えるだろうか――。そんな淡い希望を抱きながら、彼女は眠りについた。


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