概要
読書感想文
前田裕二さんは、演劇を鑑賞している時のみならず、街中の広告や日常会話などでも、気になったり考えた事を、すぐにメモするそうです。それは言わば、「メモの狂気」です。
人は誰しも、毎日を過ごす中で様々な情報に触れています。
「テレビでやってるこのお店に行ってみたいな」とか「こういうファッションお洒落だな」など、色んな思考が日々繰り返されていますが、それを書き留めないと、人間の脳は忘れるものです。つまり、目元は第二の脳なのです。
「この人の考え方素敵だ」、逆に「こういう人は反面教師にしたいな」と思っても、それを言語化しておかないと、情報を素通りしてしまいます。せっかくの思考が台無しです。
自分はなぜこれを良しとしたのか、逆になんで悪しと考えたのか。それを言葉にして書き起す事が、自分の思考を確固たるものにする為に必要な行動です。
私達は社会を生きる為に、言葉を使います。しかし、それを上手く使えていない人がいるのは事実です。私もあまり得意ではなく、周囲を誤解させてしまう事が多々あります。
そういえば先日、『カタカナ語を、カタカナ語を使わずに表現しよう』という遊びをしました。
その時に思った事ですが、普段から文章を書くなりして表現する癖をつけていない人は、思考の言語化が乏しいのだと分かりました。
その事で大事なのが、前田裕二さん流のメモ術です。
引用にある工程を習慣化する事で、自分の考えている事を表現する力を身に付けられます。
普段からメモを取らないと、自分の意見を上手く相手に伝えられなくなりますね。それに、相手の言葉も受け取れなくなります。
なぜなら、『言葉が世界を作っている』からです。
このメモ術を身に付けた上で大事なのが、『これを使って何がしたいのか』です。
自分に目標の無いと、メモしたアイデアの活用が出来ません。
例えば私だと、これを出世の為、ひいては金儲けの為に使おうと考えています。他にも、『起業して社会貢献がしたいんだ』とか、色んな夢に向かって使えます。
「マニア」や「愛好家」と呼ばれるほど、何かに熱狂できるものがあるか。自分が居る共同体の中において、周囲より秀でていると言える点はあるか。無いなら無いなりに、どこか自分の個性を磨いて伸ばせないか。ひたすら考える。
メモはノウハウではなく、姿勢である。メモ帳を常に携帯し、「何か学べることはないか」と常時アンテナを張っておく姿勢が、学習能力を上げ、成果をあげる事に繋がるのではないだろうか。