焦燥感のあとに起こった変化
季節は秋のど真ん中。
旅行を楽しむご年配のみなさん。
夏の遅れを取り戻そうと仕事に打ち込む現役世代のみなさん。
秋の新人戦大会に意気込む学生たち。
キャンプに行って家族の絆を深めるキャンパーたち。
世間では読書週間が始まり、プロ野球の日本シリーズが開幕し、来週にはみなさんお待ちかねのハロウィンが行われる。
僕も何かをしなくてはと焦る。
焦燥感に陥った結果、僕は朝食のお味噌汁を拵えるもお味噌を入れ忘れたり、車を運転していて気づくと目的地を通り過ぎていたり、挙句の果てには銀行口座の暗証番号を思い出せなくなってしまったのである。
何とか自宅に到着した僕は、とりあえず寝た。
目が覚めると、20時を過ぎていた。
その後も僕は部屋で一人、焦燥感に苛まれていた。
だけど腹は減る。
冷蔵庫をオープンした。
里芋しか入っていなかった。
真丸の里芋が僕をあざ笑っている。
僕は冷蔵庫をクローズした。
銀行口座の暗証番号を思い出せなかったので、所持金は残り49円。
米もカップ麵もインスタントラーメンもパスタも木綿豆腐もない。
「もういい」
不貞腐れた僕は、水道水を飲んだ。それもコップを使用せずに。
再び僕はベッドに入った。
翌朝、ベッドから起き上がった僕の体は軽かった。
めっちゃ軽かった。
夕飯も大好きなお酒も飲まなかった僕の体は、予想以上に回復していた。
「これはいい!」
気分も回復した僕は、朝から大掃除を始めた。
リビング、ダイニング、トイレ、お風呂、クローゼット、洗車も行った。
シャワーを浴びてさらに冷静になった僕は、銀行口座の暗証番号も思い出した。
銀行でたんまりお金をおろした僕は、定食屋の暖簾をくぐった。
18時間ぶりの食事は、サバの味噌煮定食。お値段950円。
ご飯が、お味噌汁が、サバが、木綿豆腐が、香の物が、ほうじ茶がとても美味しかった。
僕は決めた。
これからはプチ断食をしようと。
週に1度でいい。
固形物を控え、水や白湯、りんご酢を飲んで過ごし、五臓六腑を休めるのだ。
今更かも知れないけど、気づいたら即行動することが肝要。
変化を恐れていては、世間から取り残されてしまう。
だって人生で今この瞬間が一番若いのだから。
満足した僕は自宅に戻った。
「四半世紀ぶりに、日本シリーズでも見るか」
僕はコンセント口に、テレビのコンセントを差した。
テレビがつかなかった。
「なぬッ」
僕は日本シリーズを諦めて、本を読もうと本棚を見た。
本が一冊も並んでいなかった。
そういえば先月、およそ80冊の本全てを友人に譲っていたのを失念していたのである。
ではドライブにでも行こうと玄関のドアを開けると、雨が降っていた。
「えええいッ」
不貞腐れた僕は、ベッドに入った。
今日もプチ断食だ。
2日連続のプチ断食。
「明日は何を食べようかな?」
僕は寝返りを打つと、放屁した。
僕の焦燥感は消えていた。
【了】
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