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病はビハインドになり、メンタルは壁になる。
ある人の“文章”に恋をした――これを書くのももう3回目だろうか。
その人が約半年ぶりにネットに戻ってきた。生存報告してくれただけでも安堵すべきだったのだろうが、書かれてある近況に絶望した。心の病を乗り越え社会復帰を果たしたはずが、2年と数ヶ月で再びリタイアしてしまったからだ。
社会を生きる上で病はビハインドになり、メンタルは壁になる。乗り越えられるかは自分次第であり、逆に乗り越えさえすればその後は案外楽だったりもする。学生時代にうつ病に罹り、でも克服し、その後もバッドに入ったり入らなかったりを繰り返していたが、ここ数年でようやくメンタルをある程度はコントロール出来るようになった気がする。
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流れるように本題に入れないので、強引に本題に入る。もちろん冒頭に関係する話である。とある女子スタッフとの出会いから別れまでの話。正直まだ気持ちの整理が付いていない。構成とか考える余裕も無いので、ただただ順を追って記録を残す。
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少女の労働契約は私が担当した。10月27日のことだ。面接には携わらなかったので、その日が初対面だった。19歳だが、学生では無かった。そこは少々気掛かりではあったが、飲食店の勤務経験があり平日土日問わず日中の勤務が可能という点で必要不可欠な人材であり、真面目さもやる気も感じた。彼女が定着してくれれば11-24だの9-24だの超長い私の鬼シフトも幾分かは楽になると、その時は確かに期待していた。
11月5日、少女の勤務初日……になるはずだった。9時過ぎに店の電話が鳴る。「休ませて下さい」、少女の声だった。10時からのシフトなので直前も直前。
少女にはまだ初回勤務日しか伝えておらず、次回が7日であることを知らない。6日の午後に少女の携帯へTEL。出ない。ならばSMSだ。
『お疲れ様です。当方です。突然の連絡申し訳ありません。明日10-15で入っていますが勤務可能ですか?』
『こちらこそ先日はお時間とっていただいたのにも関わらずこちらの体調管理できておらず申し訳ございませんでした(以下略)』
とても丁寧な返信だった。まだ一度しか会っていないのに良い人だと確信した。しかし、まだ回復しておらず翌日の勤務は厳しいとの事だった。まあ仕方ない。季節の変わり目で体調も崩しやすいだろう。まだ私はそんな感じに思っていた。
それはさておき(さておけないのだが)、11月後半のシフト希望を回収する必要があった。SMSでは文字数制限がある為、私のLINEアカウントのURLを載せた。もうLINE恐怖症とか言っていられない。その日の18時、少女は友だち登録し、LINEでシフト希望も送ってくれた。まだやる気は残っている。回復さえすれば……。
しかし、少女は結局8日の勤務も休み、週明けの11日が初出勤となった。
その日は私とベテラン女性がシフトインしていた。指導・教育はほとんど私が担当した。緊張も少々見られたが、飲食店経験者ということもあり慣れるまでは早かった。そして、契約の時に感じた第一印象と全く同じで誠実だった。良い人が入ってくれて良かった。
その日の夕方、少女からLINEが来た。今後のシフトはLINE交換前にSMSで伝えていたが、見落としていたのかシフトを聞いてきた。
『覚えるまでご迷惑おかけするかと思いますが何卒よろしくお願い致します』
『いえいえ、初日とは思えないくらい落ち着いて普通に出来ていました。辛い仕事もあるでしょうが、慣れてしまえば何とも思わなくなるものなので……』
私は正直に褒めたが、褒めるしか出来ないことに無力さも感じた。まだ入社半年程度の私に出来ることなんて少ないのだ。
とはいえ、その週は月火木金土日、1日4〜5時間のシフトを全て消化してくれた。私と被らない日も真面目に頑張っていたとの事。業務も少しずつ覚えていき、慣れるのも早く、そろそろ一人に数えても良いのではというフェーズまで来ていた。
その後の月火は2連休。次の勤務は20日水曜…… のはずだった。
「お疲れ様です、少女です。当方さんでしょうか……?」
19日の20時、少女からの電話。翌日の勤務を休みたいとのことだった。
「ご迷惑をおかけしまして本当に申し訳ございません……」
少女はいつだって丁寧で、申し訳なさそうだった。
その次の22日も欠勤した。23日は出勤してくれたそうだが(私は公休日)、とうとうベテラン女性スタッフと少女の緊急ミーティングが開かれる事態となった。これまでの体調不良は全て精神的なものであることが判明。
『その他の相談も、LINEで構いませんのでいつでもどうぞ』
その一週間前、業務連絡のついでに私が少女に送った文章。悩み相談はいつでも受けるつもりだったが、センシティブな問題であれば私が安易に関与できないことも理解していた。メンタルの壁は自分で乗り越えるしかない。
「高校卒業後、東京に引っ越して一人暮らししているんですよ。要はフリーターですよ。夢があるんだか知らないですけど、フラフラしている感じがうんたらかんたら」
一部の学生スタッフは少女のことを良く思っていなかった。ベテラン女性スタッフも「いくら頑張ったとしても、何度も休んで店に迷惑かけるんじゃダメでしょ」と厳しい評価。それでも私だけは少女を応援していた。冒頭の“文章に恋した人”に似たものを感じるからだ。
その人の2年前の投稿を読み返す。
社会復帰を果たすも、職場に行くのが怖く、
ぽろぽろ涙を流しながら車で向かう日もあった。
ただ、職場に辿り着きさえすれば
後は何とかなるのがせめてもの救いだった。
欠勤数回と休職を挟んだとはいえ、
2年と数ヶ月は勤務し続けたのだ。
その人は確かにメンタルの壁を乗り越えていた。
その人に出来たのなら、少女もきっと……私は信じていた。
しかし、
『完全に自分の精神状態を管理できておらず現在うつに近い状態になってしまい、お仕事をさせていただくのが難しい状態に……』
28日、少女からのLINE。読み進めていくと『辞めさせていただきたい』の11文字。文面から察するに実家に帰った模様。少女は最後の最後まで丁寧で、一点の汚れもなく良い人だった。ただメンタルの壁を越えられなかっただけの、どこにでもいる普通の人だった。
「ああハイハイ、その方が良いよ」
店長は安堵していた。いつ休むか分からない少女が居ないだけでシフトを組みやすくなるのだから当然の反応だ。社会は残酷で非情だと改めて思う。
早すぎる少女の退職を、むしろ早すぎるからこそ誰も何とも思っていなかった。落ち込んでいるのは私一人。
『残念な気持ちが全く無いと言えば嘘になりますが、メンタルの問題なら仕方ないと考えております。そういう期間を経て社会復帰を果たした方も知っていますので、一日も早い回復を祈ります』
『お気遣いまでありがとうございます。責任がなく本当に申し訳ございません』
気遣いではなく本音であることは、心の奥底に仕舞い込んだ。