【読書感想】『桃を煮る人』
今日は『桃を煮る人』について、書き残したい。
作者はくどうれいんさん。
小説や短歌、俳句、童話など幅広く執筆活動をされている方だが、
食に関するエッセイ『わたしを空腹にしないほうがいい』が話題となった。
『桃を煮る人』も、食に関するエッセイについて綴られたものである。
このエッセイはウィットに富んでいるとかそういうことではなく、
純粋に食の楽しみを、その食べ物に纏わりつく想い出とともに、
「くどうれいん」そのものを描いたエッセイである。
この本の魅力の一つに、くどうれいんという性分が挙げられる。
エッセイは作者そのものの「人」が表れるものであり、
くどうさんの人の良さが読んでいて心地よかった。
ちなみに、私が特に好きだったエッセイは
「焦げちゃった」と「ごぼう爺さん」である。
「焦げちゃった」は、くどうさんが落ち込んだときに
SNSで「焦げちゃった」という投稿を目にするという話である。
ここにも、くどうさんの可愛さが表れている。
「焦げちゃった」という文言の後には、ポジティブな言葉が続いているため、
完全な失敗で笑うような、そんな人ではないことは、
その前のいくつものエッセイを読んで、容易く了解できる。
私がなぜこのエッセイに惹かれたのかはうまく言葉にはできないが、
私自身は何かを焦がすことで嫌な思いをしたことは特になく、
何か微笑ましい描写を想像したからであろうか。
平和な負のエネルギー解消をする、くどうさんという人に
単純なる可愛さを感じたことも惹かれる一因であろう。
「ごぼう爺さん」は、くどうさんが短歌や俳句をやられているからか、
描写が美しいのである。
失礼な話かもしれないことを先に断っておくが、
私のイメージとして、
「ごぼう」は、芯が堅くもあるが、
ひげがニョロニョロ生えていたり、
見た目からは、みずみずしさは感じられない。
それと私のイメージの中での、
歳を経て、腰が曲がり、肌もシワが目立つ
どこにでもいるお爺さんAが
どこか共鳴を感じざるを得ないのである。
このイメージが美しいのである。
さて、私が気になることは、
なぜこのような、食に純粋なる人のエッセイに、
我々は魅力を感じるのだろうか。
(この本は6刷もしているほどの人気書籍である)
人によって、食に対する考え方は異なるのであるが、
おそらく、このエッセイに魅力を感じる人は
共通して「食に何らかの関心を抱いている人」だと言える。
なんだ当たり前じゃないか、と文字にすれば思うが、
これは私にとってはとんでもないことである。
私は一人暮らしをして、5年目になるが、
社会人になってからは日が浅く、食事に掛けられるお金はない。
このような私の境遇の人と、
お金は多少気にしないでも生活でき、
食に対してだったら目が無い
そんなどこかのマダム(完全なる主観的なイメージです。)
のような人だって、私と同じくこの本を好きになることができる。
やや話を広げれば、食に関心がない人、
正確に言えば、食に対して今まで特に意識していなかっただけの人
でさえも、私やマダムのようにこの本を好きになることができると思う。
この本に惹かれるとすれば、
「食に何らかの関心を抱いている/抱き始めた人」であると言える。
ただ、この本を読んだ感想は、
それぞれのバックグラウンドから成る
食に対する考え方に依るもので、
同じではないと思う。
ここで私の、本を読んだ感想を述べたい。
私は一人暮らしをしていることを先に述べたが、
基本的には、毎日自炊をしている。
食に気を遣っているとは自分では思っていたが、
実は、あるものに取り憑かれていたのである。
ふと思い返すと、○○○円のなすと△△△円の玉ねぎ、
この棚で一番安いキムチ、
といったように、
今までの私は、値段という目線で料理を食べていた気がしてならない。
値段で食材を買うと、
「あの○○○だったらもう少し美味しかったんだろうなぁ」
というような、どこか空虚な気持ちになるのである。
金額で補えない分は、今まで食べてきた味で補正しながら
食べていたことに気付かされた。
しかしまた、問題は「安いものを買うこと」ではないなとも思った。
というのも、くどうさんは、庶民感覚を持っているからである。
高いものには手が出ない、セールの時にドレッシングを買う。
私にも当てはまる。
では、私とどこが違うのか。
食欲はあるのだが、
食に対する欲、こだわりが違うのである。
「安いものだから、それなりの美味しさにしかならないから、
高いものを食べた時にこだわれば良いや」
と思うことは間違いであった。
安いなりにも、食に対して貪欲になる方法はあるのではないか。
今の境遇のせいにしてはいけないなと、
私は「食に対する欲」を意識したいと、思うようになった。
このように食のエッセイに対する共鳴は、
一人一人のバックグラウンドから発せられるのが、面白い点である。
私は、くどうれいんさんの食に対する見方や感性に憧れ、惹かれたのである。
1日2,3回のタスクとなっているお腹を満たす行為。
だが、食べ物は自分の体を作るものであるし、
1日2,3回「も」あるのだから、楽しいものでありたい。
自分だったらどんな感想を抱くのか。
そのような観点からこの本を読んでみてほしい。
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