山に登るということ。
山に登るということ。とはどういうことなのか。
それは「そこに山があるから」と言った哲学的なことではなかった。
しかし実際に登ってみて「山に登るということ。」いわゆる、なぜ人が山に登るのかが少しわかったように思う。
1.きっかけ
毎年、ゴールデンウィークに四家族が集まって1箔2日でバーベキューを行っている。各地方から集まり、年に1度の顔見せが楽しみであった。もちろんそれぞれの子供の成長も。かれこれ10年以上は続いている。
ある年のこと、私以外の三人のお父さんがそれぞれ引き締まった体になっていた。理由を聞くと、ひとりはランニング、ひとりはウォーキング、ひとりは登山であった。それぞれの目的はたったひとつ、健康のために始めたという。
みんな私より若かった。なのにもう何かを始めていた。なんとも言えぬ遅れをとった感から心がモヤモヤして焦った。
2.あの選択をしたから
確かに年齢的にもこのまま何もしなければお腹まわりだけが地獄の餓鬼のように膨れ上がる人生だと思い、その場で三人に誓った。次の年にみんなに会うまでに体を変えてやる。
そんな私の選択は、一番手軽に出来そうなウォーキングであった。
3.さんぽ
誓った翌日からの1年間、自分の休みの日は1日も休まず歩いた。雨や雪の日も傘をさしてまで歩いた。息子にはウォーキングを「今日も散歩行くん?」とディスられながらもただひたすら歩いた。何が散歩だ。ウォーキングだ!最初は5kmから始め、10km、15km、20kmと距離を伸ばしながら。そしてついに30kmの大台にチャレンジしてみたくなった。15km地点で休憩してランチし、折り返して15kmの合計30kmだった。無事、クリアできた。
ただ、その後すぐに身体を壊した。
それ以来、1日10kmのウォーキングを約2時間弱という緩いスピードに変更した。無理はいけない。
4.たったの2kg
実はもともと痩せ型の私は、体重こそ若いころより10kgは増えたものの腹まわりのみが目立っている地獄の餓鬼型肥満であった。服を着ていればそんなにわからないものの、裸になればきしょい体だ。餓鬼そのものだ。
結果的に休みの日だけウォーキングを1年間続けてきた結果、落ちた体重はたったの2kg。されど2kgだ。健康診断で徐々にだが毎年増えていた体重がここからマイナス街道を歩むことなるに違いない。
5.再会
あの誓った日から1年が経った。遂にお披露目だ。2kg減ったお披露目。ドキドキのお披露目。なんなら私の誓いなんて三人とも忘れているかもしれないお披露目。覚えていてくれと願うお披露目。承認欲求の塊のお披露目。
そして遂に再会した私を見るなり三人が微笑みながら言いました。「この1年間やりましたね。明らかに体の締まりがちゃいますよ。」と言われた。
大事なのは体重の減り幅だけじゃないんだ。大事なのは締まりだ。締まった感が人の見た目を変えるんだ。
私が武勇伝を話す前に体で伝わっていた。とても嬉しかった。こぼれる笑みが隠せなかった。もっともっと言うて欲しかった。そしてお披露目は秒で終わった。
6.新たな目標
そして嬉しくなった私は、その場ですぐに今年は登山にチャレンジすると三人に誓った。なんの脈略も無かったがウォーキング以上のことがしたかった。ランニングは正直苦手だったので、登山という選択肢しかなかったのだ。これが私の登山へのきっかけであった。
7.偶然
とは言え、登山と言えどもなかなか一人では行動できない。ただ、三人のうちの一人登山している仲間に連れて行ってもらうのは何か違うと思っていた。しょうもない見栄で1年後のサプライズにしたかったからだ。
登山したい、でも一人ではなかなか。そんな毎日の想いがあってか偶然にも別の友達が登山を始めたという噂を耳にする。しかも同じ初心者だ。
8.初登山
すぐさま連絡を取り、一緒に登ることになった。夏の朝6時半スタート。初登山はひたすら1.5時間登るだけの超初心者向けのコース(当たり前だが下りも約1.5時間)。景色も何も無い。周りに生えている木々や草々のみ。そして木と固い土で舗装された階段をただ登る、そして登る。唯一頂上から見える少しの景色と頂上で食べるスイーツだけが幸せの時間であった。ちなみにかく汗の量はサウナなみ。それでも人気の山だけあってすれ違う人も多い。そしてすれ違うたびにみんな挨拶するのだ。「おはようございます」と。これには驚いた。5分に1回はすれ違っていたので、この日は人生で一番挨拶した日となった。
9.訓練
登山というよりは本番の山を目指すにあたって訓練と題し、この挨拶山を2ヶ月で3回登った。初回こそ3日間くらい激・筋肉痛であったがそれ以降はなんともなかった。それどころか2回目以降はサウナでかくような滝汗をかくことが心地よくなっていた。ちなみにサウナでは滝汗をかくほど入っていられないので、あくまでイメージの話。
10.縦走登山【最終章】
ついに3度の訓練山(挨拶山)を経て日本百名山のひとつに登った。「山に登るということ。」この意味がこの今回の縦走登山で分かった。たった1度登っただけで!?はい、わかりました。非日常的であり豪快な景色と見渡す限りの原色、そして崖から落ちる可能性やツキノワグマと遭遇する危険性。これらのどれが欠けてもいけない。日常でほぼ味わうことのできない命の危険を感じながら味わう最高の景色は、私を夢の世界へ誘ってくれた。約4時間の縦走登山の間、副作用の無い脳内麻薬が全身をかけめぐり、常にハイなテンションの自分がそこに居た。
山に登るということ。
それは私にとって「そこに山があるから」ではなく、素直に「また登りたい」と思う単純明快な気持ちであるとわかった。
おわり
#あの選択をしたから