『食べることと出すこと』 頭木 弘樹
想像できていると思っていた。
食品に関する研究もしているし、潰瘍性大腸炎に関する研究にも少しだけ携わったこともあるし、この本に書かれているだろうことを想像できると思っていた。
でも、全っ然、想像できていなかった!潰瘍性大腸炎の症状も、中心静脈栄養による餓えも、絶食終了後の味の爆発も、変化する身体感覚も、食べられないことについても…。想像できていないことがめちゃくちゃあった。
自分が経験していないことが文章として書かれていることで知ることができるのだと知った。読めてよかった。
著者の頭木弘樹さんが20歳で潰瘍性大腸炎という難病になったことで経験し、気づき、考えた「食べることと出すこと」について書かれた本。闘病生活の中で救われたという文学作品からの引用が多く散りばめられることで、頭木さんの感じたことの輪郭がものすごくはっきりとしてくる。
想像できていないことがあるんだな理解してから読み出すと、この本めちゃくちゃ面白い。自分では考えられなかったことに思考が飛躍する感覚。
特に、第3章「食べることは受け入れること」、第4章「食コミュニケーションー共食圧力」は本当に面白かった。
「同じ釜の飯を食う」「盃を交わす」などに代表されるように、食べることは相手を受けいれるということ。逆に、相手に出された食べ物を食べないことは、相手を拒否すること。言われてみればその通りだが、これを意識したことなかった。
意識できていないことを知ることができるにはめちゃくちゃおもしろい!
食べ物を拒否する理由を考えたことがあるのか?食べないことを選択した相手に対して非難をしていなかったか?をすんごく考えた。
たとえば、僕がジュースを買ってあげると学生に言ってみたが、「いやいらないっす!」と返された。「いやいや喉乾いてるでしょ?買ってあげるから飲みなよ!」とは食い下がることはしないが、せっかく買ってあげようと思ったのにという気持ちが少しは残る。
これ、相手がこちらを受け入れなかったことへの非難じゃないか?相手が食べないことを許せていなかったんだと思う。「いらないっす!」の理由も考えようとしていなかった。そうゆう気分じゃないんだなくらいにしか考えていなかったと思う。
「食べること」は、人と人との間をつなぐもの、逆に言えば断つものとしても、とても大きな働きをしている
『食べることと出すこと』第3章 食べることは受け入れること P.96
食べることは人をつなぐことも断つこともできる。この本を読むことで、相手が食べない理由を想像し、食べることに困難のある人、食によるコミュニケーションに参加したくない人がいることを想像できるようになったと思う。
第1章で書いてあったように、この本はまさに「弱い本」だとおもう。この本に通りかかった人が様々な解釈をすることができる本。
この本を読んで、僕は、想像できないことがあるということを知り、食べ物が人をつなぎもすれば断つものでもあることを知り、病気を理由に食べることを拒否する人がいることを知った。
食べることに対する考え方、発信の仕方を変えていかなくてはいけないなと、今、考えている。