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短編小説「上野の限界」

いつもなら書かない内容。
書きながら全ての登場人物に
同情してしまいました。
ぜひご一読頂けると嬉しいです。
               きみしろみ


その日暮らしの毎日。
僕は毎月、県から県へと場所を移り替えていた。

誰にも見られないよう、出かける時は深ぶかと帽子を被り、できるだけシンプルな装いで単純な用事だけを済ませるために外に出向いた。

「おい、見ろよ。あいつなんか可笑しいことしてるぜ」

ビクッとした。
やばい、見られた。もう終わりだ。

「なんだよ、一哉のいつものことだろ 笑」

なんだ。高校生がはしゃいでるだけか。
一瞬これまでかと思ったよ。

頭の中で独り言をつぶやく僕は、そんな生活を続けて早10年。

時効の廃止条例が発行されて、自由や人権なんていう贅沢は無くなった。それもそのはず、僕には優雅に暮らす資格なんてないと自覚している。

ある男を殺めた。
家にあった包丁で思いっきりその男を刺した。その男は、知り合って5年来の同居人だった。

6畳一間のアパートで二人で折半して暮らしていた。2年が経ったある日、我慢が限界に達し、感情が爆発した。僕は台所で歯磨きをする彼を背中から襲った。

部屋には、「あ、イタタタ」の声が響いた。
最後までふざけたやつだった。

男は、単純な事でいちいち付け込んで来る嫌味なやつだった。暮らし始めて1年、頭が狂いそうになっていた。

夜中にトイレに行く頻度が多い彼は、深夜2時からカサコソと音を立てた。おまけに腰痛もちで「あ、イタタタ」と言いながら電気をつけ、重い腰を上げて足音を響かせながらウロウロしていた。

「いい加減にしてくださいよ」
「おお、ごめんごめん、起こしちゃったかな」

起こしちゃったかな、じゃねえよ。

「もう78にもなれば、軽やかに動くことができなくてね。ごめんね若いの」

爺さんだから見過ごしてきたが、俺にだって限界はある。

「早く病院に行ってくださいよ。俺は寝ないと仕事になんないんで」
「ごめんよう。預金も保険もなくて中々ね…」

この男とは、前職の現場で出会った。

彼はいつもニコニコとした笑顔で周りの同僚には煙たがられていた。

仕事はろくに手につかず、俺が彼の分を受け持つことも多かった。給料は変わらず、二人分働いたってことだ。


男はある日の昼、俺を呼び出した。 

「上野くん、いつもごめんね。あの…唐突なんだけど、ここのお給料だけだと中々生活ができなくてね。」

「まあ、この仕事じゃ生活厳しいですよね。わかりますよ。それで、用件は?」

「それが…僕には家族もいないし、この現場では嫌われているし、君だけがなんていうか、息子のような存在で。それで、よかったら同居してくれないかなと思って」


何言ってるんだこの爺さん。
なんで俺が私生活も面倒みないといけないんだよ。

「え、いやそれは…僕も自分で一杯一杯ですし。ちょっと…」
「そこをなんとか。ほら一ヶ月だけ試しに暮らして嫌だなってなったら出ていいからさ。君も生活厳しいだろうし」

その時、僕の手取りは11万円だった。

家賃が6万円、食費が2万円、両親への仕送りを毎月しながらなんとか毎日しのいでいた。少しでも貯金が出来ればと思っていたが、その月暮らしで中々難しかった。

「一週間ください。それで決心するんで」

一週間後に返事をして、次の月には同居を始めていた。

男は、小さなキャリーケースに服3着ズボンを2着と簡単な生活用品だけを揃えていた。留置所にでも来たかのような装いと持ち物で僕はどこか不穏に感じた。 

生活開始1日目から男の細かい姑チェックが始まった。

「上野くん、申し訳ないんだけど洗濯物を干す時はちゃんとシワを伸ばして干してよ」

「上野くん、家に帰ってきたら玄関の靴ちゃんと揃えておいて」

「上野くん、歯磨き粉の量出しすぎだよ。豆粒程度にしてよ」

母親と姑の中間のような存在の男との生活は、反抗期や結婚も経験したことがない僕にとって対処法がわからなかった。

気づけば1年半が経ち、僕の我慢レベルは人生最高潮を記録していた。「上野くん」と聞くだけで壁にに当たるようになっていた。

そしてその日が来た。単純に無計画に。

僕は今まで、我慢を対処法としていたが、飛んだ勘違いだった。

「あ、イタタタ…」

僕は包丁を床に捨て、扉を開けて颯爽と街を駆け抜けた。何時間も走り続けてたどり着いた空き家に潜伏した。

メディアや街では自分の顔が映し出されているだろう。もう終わりか。そう思っていたが、空腹がやってきて街に出ざるおえなかった。

案外自分は人だかりに溶け込むものだった。誰も気づいていなかった、いや通報しないだけなのか。

分からなかったが、変装のために、小道の端に座り込みんでいたホームレスから帽子と上着を奪った。

そのアイテムでゴミを漁り、その日暮らしを続けた。いつしか本当のホームレスになっていた。

あの事件が大したことではなかったかのように、僕は今もこの街に潜む。

ただ、何かと怯える生活だけは変貌を見せない。怯えながらも僕は人との接触を求めた。

そんな僕の最後の記憶はあの男の微笑む顔だけとなった。

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