目に見えない思いを届けたい気持ち
ここのところ、ここでの記事がなかなか書けなかった。
書こうとしても、変な文章になるのだ。
何度やり直しても変な文章になって消す。
こんなときは書かない選択をする。
この時間に何をしているかというと、
両親への思いをパステルアートにのせて描いていたんだ。
誰かへの溢れる思いが出てくるときに
なぜか描きたくなり、それを出し切るまでやるのかな?と
気づいてきた。
約1年前もそうだった。
元夫への思いがあふれてくるとき、私の心がとても苦しいとき
どうしようもなく苦しく誰にも言えないとき
この気持ちをどうしたらいいのかと、涙が次から次へと溢れ感情が爆発するときに、唯一心が少し保たれる方法がこれだったのだ。
心が落ち着く癒しの音楽を聴きながら、
その人への溢れる思いを込めて描く。
自分の辛すぎる気持ちを色に乗せて表現する。
自分を責める気持ちも、それを描くことで少し楽になる。
あるときは対象の人へ向けて。
あるときは自分の心に向けて。
私は思いを言葉にしてすぐに発することが苦手。
そのことにとてもコンプレックスのようなものがある。
話そうとすることも、話しているうちによくわからなくなることもあるし、
話したいことがあるのに、うまく話せなくて伝わらないという経験が多くある。
実際、何を言っているのかわからないと言われたこともあった。
だからというのもあると思うけど、コミュニケーションをとることが、苦手なんだ。
私のように、思いを言葉にしてすぐに発することが苦手な人というのは、一定数いると思う。
私は声で話すことが苦手だから、文字にしてブログを書いたり、パステルアートにして思いを描いたりすると、自分のペースで急がなくて良くて伝えられるから好きだ。
思いが溢れるとき、こういうものが描きたくなる
思いが溢れるとき、表現したくなる
きっと私は、思いが溢れるとき限定だ。
大切に思う人への想い
溢れ出てくる想い
大切だよという想い
心の中に入れたままにしておくのは窮屈だから
そのまま表現して、言葉と音楽やアートにして表現したいから
そして伝えたいから、
目に見えない思いをできるだけ目に見える形にして届けたいから
だから、書くんだと思う
思いを言葉にして届けたいんだと思う
それは目に見える形になって届くけど、目に見えるものの中に、目に見えない思いがあって
その目に見えない思いを本当は伝えたいんだと思う
目に見えない思いを本当は届けたいんだと思う
私の目的はやっぱりこれだ。
大切に思う人の魂に届くように、届けたいんだ。
心の奥深くに、みえない心の奥深くに届くように、
目に見えない思いを届けたいんだ。
愛しているよ
だいすきだよ
たいせつに思ってるよ
純粋な思いを、ただ届けたいんだ。