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マイノリティトラベラーて
別サイトでの話になってしまい恐縮だが、ある女性と日記で勝負をすることとなった。
このような書き方をすると語弊があるかもしれないが、たとえばそれはなんらかのトラブルでその成敗方法を第三者に任せる、とかそういうネガティブなものでなく、純粋に同じテーマで日記を書いてどちらがいいねを多く獲得できるかを競い合うものだ。
彼女、仮に彼女を"白"としよう。
白の書く文章はとても透明感があり、起承転結がしっかりなされながら自分の意見を述べた上で絶妙に立ち位置を暈す、言わば読んでいて心地よいものだった。
先に彼女にコメントを打ったのは私のほうだと思うが、彼女もリアクションに応え、しばらくやりとりが続いた。
半年程経ったときに、白は銀座に行ったことがないと書いた。
「銀座をテーマに日記を書きましょう。それでもし僕がいいねが多かったら銀座デートしましょう。もし僕が少なかったら、アマギフ1万円あげます」
『いいよ。もし私が負けたらなんでも言うことをきくよ』
これが勝負に至るまでだ。
肝心のその結果だが、私は裏技を使い勝利した。
ハッシュタグで起業や副業、人材や収入みたいな文言をつけるだけで、馬鹿な底辺ビジネスアカウントが勝手にどんどんいいねをつけてくる。
これでリアクションを荒稼ぎした私は、圧倒的大差で白を倒したのだ。
『なんかズルくない?』と白は言った。
「まあこの技があるから最初から勝ち確で勝負提案したんで」
『ええー。ズルいよ』
「勝ちは勝ちですから」
『じゃあまずはデートだね。でもいいの?』
「なにがですか?」
『私、45歳だよ。おばちゃんだよ』
○
銀座の丸の内線改札を出て地上出口。
かつてそこにあったソニービルは跡形もなく、それは時代の経過を嫌でも思い知らせてくる。
『イメージと違うね。意外と真面目そうな顔なんだ』
白は私をそう評した。
「いやいや。こっちはこんなに美人だとは思わなかったんでびっくりしてますよ」
45歳ということで正直ギリギリまでドタキャンしようかどうか迷っていた。
実際に会った白はたしかに若くはなかったが美人であり、少なくともすぐに家に帰ろうという気はほとんどなくなった。
『ごめんね。あんまりオシャレとかしなくていいかと思ってスウェットで来ちゃった』
たしかに彼女は上下黒のスウェットにダウンジャケットを羽織り、その出立は決して淑女というわけではなかった。
けれども待ち合わせ場所でイヤホンをして音楽を聴いていた彼女は、私にとって親しみやすいお姉さんのような感じだった。
待ち合わせに音楽を聴きながら、話しかけるとイヤホンを外す女性が私は好きだ。
あらかじめ決めていた居酒屋に移動し、乾杯をし、ビールを飲む。
そして我々は日記の書き方について熱く議論した。
『私ね、公開してない日記が100本くらいあるんだよ』
「えー。もったいない。公開すればいいのに」
『キミはこういうネットでの出会いって結構ある?』
「いやほとんどないです」
『私はね、ひくかもだけど結構いろんな人と会ってる。あのサイトの人とも』
「会うだけですか?」
『ううん。深い関係になる人もいる。私も嫌いじゃないし』
「素晴らしいですね。でもそれが未公開日記となんの関係が?」
『しがらみが多いの。出会いが多いから。あれを書いたらこっちが嫉妬したり、それを書いたらあっちが嫉妬したり』
「あーなるほど」
『それだけじゃないよ。勝手に私のイメージができちゃう。大体の人がヤリモクなのに"文章が素敵ですね"とか"日記面白いですね。内容が濃い"とか言ってくるの。そうすると下手につまらない日記が書けないってプレッシャーができちゃう。わかるかな?』
「めちゃくちゃわかりますよ。だから誰かと関わらないほうがいい」
『キミはこのサイトでは好き放題書けるでしょ?』
「そうですね。しがらみがないから」
『ね。ヤリたいだけって言ってくれればいいのに。私は結婚してるから、特別誰かを好きになったりしないの。だから結果は同じなんだから』
「僕は日記も素敵だと思ってるしヤリたいですよ。ヤッてくれるんですか?」
『そりゃあ今日は、私は負けてなんでも言うこときく約束だから』
そう言って白は自分のスウェットの首元を手前に伸ばし、少し前かがみになりながら私に胸元をみせてきた。
赤い派手なブラジャーが、結構大きな胸を包んでいるのがハッキリと見えた。いや、見せられた。
「最高ですね」
『これ飲んだら行こうか』
既婚熟女は話が早い。
すでに4杯目のビールを飲んだときには、私の股間はいきりたっていた。
○
白は私に自分はドMだと言った。
『キミはS?M?』
「まあどっちでも」
『Mだな』
彼女との行為はプレッシャーを伴うものだった。
直前に彼女が同じサイトで他のユーザーと会い、深い関係になっているという告白が、より一層それを増幅させた。
彼女が私の身体に舌を這わせた際、いったい私はそのサイトでどのレベルに面白い文章を書ける人間なのだろうかと。
正直、私は会心の日記については別サイトで公開している。
白と出会うことになる日記も、実験的な、いや思いつきをしたためたメモのようなものであって、それは決して上等な物ではないのだ。
そして彼女とヤルためだけにかかれた性癖自慢のような日記も他ユーザーには多く散見され、きっとそんなクソみたいなものよりも自分のものはクソなんだろうなと思うと急に情けなくなってきた。
「僕ね、賞取ったことあるんです。エッセイで」
『すごいね。でもなんでいま?』
「いまじゃないですよね。言うべきは」
一種の嫉妬のようなものなのか。
それとも自分への呆れなのか。
些細な功績を誇示したその瞬間の私のモノはビンビンだった。
『ねえ、腕噛んで。肩の下くらい』
そう要求されたとき、私はバックから彼女を突いていて、その格好から肩を噛むのは難しかった。
と、遠くね?
腕を引っ張ってなんとか噛もうとしたり、首を思い切り伸ばしてみたがどうにも届かない。
同時に、こんな情けない姿がSか?と自答してしまう。
仕方なく私は白の腕を噛まず、代わりに彼女の頭を引っ叩いた。
すぐに彼女は驚いた顔で振り返ったが、ここでひくわけにはいかないと私は思い、間髪入れずにもう一発頭を引っ叩いた。
白は彼女なりに忖度したのか、それともプレイに没頭するためか、そこの疑問を捨てさりそのまま顔をそむけた。
私はもう一回頭を叩くと、彼女の顎下をつかみ反りあげたりして楽しんだ。
突くたびに「死ね!死ね!」というと、かなり自分も興奮したし、彼女もわりとそんな感じだった。演技かもしれないが。
○
『今度映画誘っていい?』
白は行為が終わるとそう言う。
『私、映画1人で行けないんだよね。でも観たいものがあって』
「僕は逆に映画は1人じゃないと観れないんですよ」
『神経質そうだもんね』
また会うのは構わないと思ってはいるが、それが映画を観に行ったり、わけもなくお茶をしたりするのは自分のお金や時間がもったいなく思えた。
「旦那さんとは行かないんですか?」
『単身赴任で地方なんだもん』
「お子さんは?」
『私ね、結構早く産んだからもう子供は大学生。だからそこは大丈夫なの』
「じゃあまた遊びに行きましょう。予定あわせて」
そう言うのが精一杯だった。
『ねえ。自分の日記読み直したりする?』
「しますよ」
『私は無理。恥ずかしくて読み直せない』
それは自分の行いが恥ずかしくないのか?と問い詰められているようにも感じた。
家に帰り思い返す。
たまに私には、見ず知らずの、全く私のことを知らない、私も逆に知らない人が、日記を読んでいますと声をかけてくれることがある。
あなたの日記は面白い、とも。
それは私にとって、たとえば仲が良いからとか私がイケメンであるからとかではなく、純粋に文章だけで手に入れた評価なのだから、有頂天になることがある。
『でもそれはそのときだけだよ。結局何もなくなるから』
白はまるで自分もそれを経験しているかのように私に言う。
『結局何もなくなって、なんだか自分は求められているというプレッシャーだけが残る』
「僕はそんな高尚なこと書いてませんよ。たかが備忘録です」
『その備忘録が高尚さを求められることになるんだよ』
馬鹿げてると思った。
しかし事実、私は読者が現れたり、時には賞をとったりすることで、何か違う存在になれるような気がしていた。
たかが日記で。
『たかが日記なんだよ』
言わばこれは、社会に出るのを嫌がり、努力を嫌がった人間が、親の金で会場に金を支払い、くそみたいに小さな会場でやる演劇に出演して勘違いするようなものだ。
何もないな。
私はこの日、とんでもない虚しさと喪失感で、眠ることができなかった。
深夜、東京の六畳半。
夢を見てた。
灯りの灯らない蛍光灯。
明日には消えている電脳城に。
開幕戦打ち上げて
いなくなんないよね。
ここには誰もいない。
ここには誰もいないから。