『私、お酒飲めないんです』 店に入るなりいつものように彼女の分を含めてドリンクを注文しようと「生で良い?」と尋ねると彼女はそう答えた。 「…へー。じゃあソフトドリンクだね」 『クリームソーダで』 「キミね。良い年の女が居酒屋に入るなりメロンソーダにアイスクリームを載せた飲み物を頼むなんて不相応だよ。烏龍茶とかにしなよ」 『きかないんですか?なんでお酒を飲めないか』 「体調悪いの?」 『違います』 その理由なんか簡単に分かっていた。 それが分からない程私は世間
LINEの文面を見つめながら、私は何度も何度もため息をついていた。 『今週はマッチングアプリで知り合った男と、来週は合コンで知り合った人とサイトの人と会わなきゃいけない。こう見えて私は忙しいんだよ。だからキミと会えるのは3週間後かな』 「おモテになるんですね。羨ましい」 『そうでもないよ。結局穴モテだから。あの人たちは私の身体にしか興味ないよ。だからキミと話しをしていたほうが全然楽しい。早く会いたい』 まっったく。俺がいつ会うこと了承したんだよ。 シロの恋愛脳はここ
私だけがまるで色を失ったかのようだった。 7人の席はうち6人がワイワイと話し、私だけが灰色の世界で彷徨っている。 「私はこう思うのですが…」 状況を打破しようとした私の言葉は、書記役の女が『すみません、書くの追いつかないんでもうちょっと後でまとめて言ってください」と振り払われてしまった。 なぜこんなことになったのか。 この日は全社での研修だった。 7人でグループ分けされた後の自己紹介で自分の所属部署を述べると、すぐに1番年下の若いお兄ちゃんが「あー、正直この間、あ
この日記を、東出ガールズの残り二人に捧ぐ。 ◯ 「何をやってるんだ俺は…」 思わずそんな言葉とため息が出てしまうほど、私は肉体的にも精神的にも消耗していた。 あの人は凄く良い顧客担当者だ、と誰もが評するその顧客担当者から私はどうやら完全に嫌われているようで、私の担当する札幌の案件は入札から契約までとにかく混乱を極めた。 契約開始を翌日に控えた5月末、私は業務開始にあたり現地入りすべく、札幌出張の荷物を抱えながら仕事をしていたわけだが、そのタイミングで顧客担当者から「
『あんたの52ヘルツの誰にも届かない声、私が聞くよ』 いやどこをどう拗らせたらこんなセリフ思いつくんだよ。 もうお嬢ちゃん口説くときにしか使わないんじゃなかろうか。 虐待、いじめ、性加害。 多様性とともに顕在化したあらゆるネガティブな問題に対し、正面からぶつかり読者に考えさせるような内容の作品があらゆる賞を受賞していく。 エンターテイメント性や喜劇性を武器にそれらに勝ることができる作品が現れないものだろうか。 『ぶっちゃけた話、松岡さん昔モテたでしょ?』 マッコリで
「ごめん、俺もう眠くて無理だ…なんも考えられない」 『私も。ちょっと幸せすぎたな…』 小峰遥佳と久々に会い、前々から予定していた高級マッサージを二人で受けにいったわけだが、その内容があまりにも気持ち良すぎて私たちの思考は全て奪われていた。 「俺はね、オッドタクシーの田中革命の回がめちゃくちゃ好きなんだ。だからその回は何度も観て、文字起こしまでしたんだよね。覚えてる?田中革命」 『いや…忘れた…』 「オッドタクシーめちゃくちゃ好きって言ってたじゃん…」 『もうかなり
九段下駅で電車に乗り、乗車ドアの近くに立ちながら発車を待っていると、ドアがまさに閉まる直前に女子高生が駆け込み乗車をしてきた。 必然的に彼女の真後ろに陣取ることになった私は、距離が近いこともあり、両手で持っていたカバンを左手だけで持ち、右手は意味もなく携帯電話を取り出して画面を見ることにした。 私も中年であるし、見た目も小汚いため、ちょっとした仕草でたとえば痴漢だとか盗撮だとかを疑われても仕方ないし、また真後の見えないJKに対してもそれなりの安心を見せなければならない。
出勤すると同時に資料を見て、且つ自分のスケジュールを確認しながら思わず自問自答してしまう。 間に合うのか、今日中に。 地方業務の入札の資料提出が今日中。 到底間に合わない。資料はまだ一部業務が未確定のため完成に至っていない。 「大丈夫です。まだ1日ある。ギリギリまでやりましょう」 年下の上司からのその一言はつまり、今日という日が23:59まで続くということに他ならなかった。 「はい。ギリギリまでやります」 私は心の動揺を悟られぬように精一杯力強くそう答えた。 こ
「2014年11月、南海本線の泉大津駅にて16時頃、走行していた空港急行なんば行きが駅に差し掛かろうとした時、ホームにいた女性が奇声を発しながら線路へ飛び込んだ。だが不思議なことに、女性の遺体はおろか、血痕や電車への衝突跡も何一つなかった。この話知ってる?」 『知らないかもです!』 「駅員は"たしかに飛び込むのを見た"と言い、運転士は"目の前に人が現れ、そして消えた"と証言している。つまり確実に存在し、線路へ飛び込んだはずの女性が、忽然と姿を消したんだ。舞ちゃん、このパタ
「昔なんかのドラマでね、不良役の市原隼人が少年院から帰ってくる場面があって。お母さんとそのまま近所の定食屋にご飯に行くんだけど"オムライス2つ"ってお母さんが勝手に注文するの。大好きなオムライスよね?って。すると市原隼人がすかさず”勝手に決めてんじゃねえよ!”ってブチ切れるんだ。それをきいてお母さんが”じゃあ何が食べたい?”って尋ねると市原隼人が即座に”オムライス”って言うんだよ。それで出てくるオムライスをむさぼりつくように食べるんだ。あの時の小気味の良いスプーンが皿にカンカ
暗転。 約10秒程の暗闇の沈黙。 明転。 約2分間に渡り、常田大希がステージ各所で火炎パイロが上がる中で高らかにギターを奏でる。 私は会場の2階の奥のほうにいるというのに、その火炎の熱をはっきりと体感できる。 これがいったい、何の曲のアレンジなのか、あるいは前振りになっているのかはわからない。 再び暗転。 1〜2分くらいだろうか。 暗闇の中で微かに何かが準備される物音が、よりこの時間を長く思わせる。 そして明転。 青白いライトが照らした舞台の真ん中に、椎名
新年から仕事で東中野へ行く機会があった。 正直東中野で降りる…というより電車が停車すること自体が大学生以来である。 というのも東中野は中央線が停車しない。 千葉方面に住む私にとっては西東京に行くには間違いなく東京駅、あるいは御茶ノ水駅で中央線を利用するため、東中野は意識して総武線でひたすら鈍行しなければ辿り着けない場所となっていた。 約15年振り。 その時は当時付き合っていた彼女の卒論用にとポレポレ東中野でバックドロップ・クルディスタンという映画を観た。 それは私
『行方不明になった相方を探しにいこうよ!探そう!』 小峰遥佳は左手でウーロンハイを傾け、右手を私の膝に置きながら上機嫌に言った。 「そんなこと言われても…向こうが望んでないのかもしれないし」 『そんなの関係ないよ。会ってちゃんと謝ってもらって。そこから考えなくちゃ』 「でも思うんだ。あれからずっと。俺が悪かったのかな、俺があまりにも相方を思いやれなかったからかな、って。だから本場当日にいなくなったんじゃないかって」 7杯目の赤玉パンチですっかり酔っ払ってしまった私は
少し前のことだが、名アーティストたるKanさんが亡くなった。 それが私にはあまりにもショックで、しばらくまともに生活することが嫌になってしまうほどだった。 私が人生で初めて買ったCDはポルノグラフィティのアポロであり、初めて親に買ってほしいとねだって買ってもらった曲は玉置浩二の田園だったわけだが、この歌はめちゃくちゃ最高だと初めて感じた曲も明確に覚えていて、それがKanさんの愛は勝つである。 故に思い入れは強い。 そしてap bank フェスで、桜井和寿と共に歌ったa
僕が一番好きな季節って、いまくらいの時期なんですよ。 よくね、怖い話は真夏だ、真夏の夜だって言われますよね。 たしかに真夏の怪談、これは本当に良いですよね。 けれどね、今くらいの時期。 昼は夏の暑さが残り、太陽の光が照りつける。 でも夜は、まるでそんなことなかったかのように、暗く、そして涼しい風が吹く。 少しだけ、寒さを感じる。 そういう時期がね いちば〜ん、怖いんですよ。 ◯ 稲川淳二が年齢的なことを考えてもそう長くはないであろうとすると、見れるうちに生
「こっちはネタを作ってこうしてほしい、ああしてほしいって言っても、相方は"うん"しか言わない。それどころかクスリとも笑わない。一番身近な相方が笑わないんだったら、それって俺と組む意味あるのかな?ってなります」 以前マルコポロリのトリオ芸人特集で、キングオブコント決勝常連のGAG福井がそう吐露した瞬間があり、それは私の価値観も大いに揺るがすものだった。 その通りだな、と思った。 私達漫才師セイブアスは、基本全て私のネタをやっているが、相方の丸島はプライドがあるのか、必ず毎