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ラブホテルで働いたこと、ある?

突然の質問だけれど、ラブホテルに行ったことはあるだろうか。
まあ、それは、あるかもしれない。

じゃあ、ラブホテルで、働いた事あるだろうか。
これにあるって答える人は、さっきより少ないかもしれない。

じゃあじゃあ、ビジネスホテルの受付の面接だと思って行ってみたら、ラブホテルだったことはあるだろうか。
これは、あんまりないのではなかろうか?



大学時代のほとんどを大阪で過ごした私にとって、心斎橋はいつも遊びに行く場所だった。そんな心斎橋と言えば、有名な観光地でもありつつ、少し横道に入ればホテルもたくさんあるのは、ご存知の方も多いだろう。

新卒一発目が「病院の管理栄養士」という専門職であった都合上、勤務開始予定が最短でも8月となり、大学卒業後、いわゆるニートの時期があった。あらかた就職活動は残すところ結果待ち、のようなステータスに入ったタイミングで「お金稼ぐか」と思い立って、コンビニをハシゴして求人情報誌をかき集めて帰宅した。

派手色の冊子をパラパラとめくっていると「ビジネスホテルの受付・24時間月額220,000円」という、なにやら異質な求人が目に留まった。他の求人は、だいたい従業員が並んで笑顔でガッツポーズしてる写真みたいなのを使っているのに、その求人は、まるで“いらすとや”から持ってきたような、笑顔の受付の人みたいな画像に「座っているだけのお仕事です。」とひとことが書き添えてあった。元気とかやる気とかを求めてない感じが印象的だった。

とりあえず、応募資格を満たしていたのと、24時間勤務という表記はよく理解できなかったけれど、まあ時間は持て余しているのでいいか、と思って応募の電話をしてみた。電話口には、少しだるそうに話す女性が出て対応してくれた。
今思えば、すでにここで、なんだかビジネスホテルっぽくない受け答えだなあ、とは思った気がする。

面接当日は地下鉄御堂筋線で心斎橋へ。グーグルマップに従って、いわゆる中心街側の出口ではなくて、初めて利用した出口から地上へ出た。そこから更に横道にそれて、どんどん奥へ。人通りがだいぶ少なくなってきて、高速の乗り口なんかも見えてきて。土地勘がある人しか歩かないような都会特有の無機質な雰囲気が混ざってきたところで、目的地に到着。否、到着した、らしい。
というのも、たどり着いたそこは、派手なクリーム色の壁に、ポップなフォントで書かれたホテル名。駐車場には分厚いビニールの暖簾。そして「休憩6000円 宿泊9000円」と看板には書いてあった。想像を斜め上に超えてきて、到着したことを理解するのに30秒くらいかかった。

しかもここまで就職活動を真面目にしてきた私、約束の10分前にこのド派手なラブホテル(この時はまだビジネスホテルだとわずかに希望を持っていたけれど)にピシッとスーツ姿で着弾。こんなにも「スーツで良かったんだっけ今日」と思わせられた日は、後にも先にもない。

さあてどうしたもんか、と思ったけれど、とにかく、分かりづらい入り口から建物の中へ歩みを進めた。

中に入ると薄暗いエントランスにはカウンターがあって、でも人はいない。カウンターの向かいには自動券売機みたいなのがあった。おそらくルームキーが出てきて、精算もこれ一台で完結するようだ。

そんな状況でも私は、まだ一縷の望みは捨てはしていなかった。
「そういうタイプの、ビジネスホテルなのかもしれない。」

カウンターの上には、よくオフィスで見る白い固定電話があって、短縮ボタンの一番左上にテプラで小さく「受付」と貼ってあった。受話器を持ち上げて短縮ボタンを押すと、多分、応募電話した時と同じと思しき女性が受け答えしてくれて、カウンター後ろの擦りガラスの小窓がついた小さなドアが開き、手招きして出迎えてくれた。

入ってみると、埃っぽい、鉄っぽい4畳くらいの空間に、よく映画やドラマで見る管制室のような監視カメラのモニターがずらりと並んでいて、その下には操作ボタンのパネルがどーんと設置されていた。

狭い空間の中に、更にパイプ椅子を出して座らせてくれてたので、もう誰も通れさそうな空間に、そんなところに扉があったんか、という隠し扉みたいな扉から「社長」と呼ばれる男性が出てきた。

とりあえず、形式的に挨拶をする。ここまで数多の面接をこなしてきたから、ここはバッチリ。社長もよろしくお願いします、と言ってくれた。普通の面接。きっと普通の面接なんだ、と思おうとしたところ、間髪入れず、私から聞くまでもなく「ここ、要はラブホテルなんだよね。」と社長側から切り込んできた。
どうやら、アイデンティティとしては確固たるラブホテルであるにも関わらず、掲載した求人情報はビジネスホテルにしたという齟齬の自覚、そしてそのことに多少の悪気はあるようだ。

当時はよく理解できず、かといって今でも理解できていないけれど、ラブホテルの場合、風営法の許可を得ねばならず、ここはとにかくカウンターがあるからビジネスホテルなんだけど、ラブホテルなんだ、と、哲学チックなことを言っていた気がする。求人情報には明らかに「ビジネスホテルの受付」と書いてはあったので面食らったが、まあ、そういうこともあるのだろう。(この辺りの哲学が気になる人は調べてみてください。)
ざっと説明を受けた上で、特に嫌悪感を見せない私の方を見て、こいつイケるな、と思ったであろう社長がこういった。

「君さ、AKBにいそうな顔をしているね。僕、従業員でAKBつくるの夢なんだよね。で、いつから働ける?」

当時すでに「AKBにいそう」は「どこにでもいる」に等しい形容詞だったとと思う。でもやっぱり、時代をときめくアイドルグループにいそうと言われて、悪い気はしない。ただ状況が状況だけに、感情としてはプラスにもマイナスにも動かなくて、結論としては、それで採用になるならまあいいや、とだけは思った。見た感じ、女性の従業員は他にもいるし、何か危険なことさせられそうになったら逃げよう、追ってこられるような貸し借りは絶対作らないでおこう、と心に決めて、「ありがとうございます」と、ちょっとAKBを意識した笑顔で返事した。

ただその後すぐに、働くにあたり本籍が記載された住民票を提出してほしいと言われた。これも後から知ったことなのだけれど、ラブホテルの場合、旅館業法と飲食業法のみならず、風営法の許可も得ないといけない都合上、その法律下では、従業員の本籍がわかる住民票をいつでも出せるようにしておかないといけないらしい。

しかし、当時そんな知識を持ち得なかった私は「逃げ道封じだ!」と思い焦って「本籍は昔に両親が同棲してたアパートの住所で・・・今はアパートは取り壊されて、跡地にココスができてて・・・住民票を取り寄せるのには少し時間がかかりそうなんです・・・」と言わんでいいこと8割の話をして明確に抵抗をすると、住民票は後からでいいから、明日から来てほしいと言われた。

まあ、そんなこんなで晴れて私は、ラブホテルの従業員となったのだった。


ラブホテルの受付、実は検索すると、楽なバイトの上位によく食い込んでいる。

確かに、モニター前の座席からあまり立つことはない。かと言って、監視カメラをただじっとみてればいいわけではなくて、座りながらも、臨機応変に対応しないといけないことは多かった……いや、立地の影響もあるかもしれないけれど、多すぎた。
実は清掃スタッフよりも受付スタッフの方が時給が高いところが多いのだけれど、いろんな状況を察知して、その上で、そのタイミングでの正解を選び取らなければいけない、みたいなところがこの時給の差なのかもしれない。
あと、24時間勤務という謎勤務時間も特徴な気がする。あんまり詳しいことは覚えていないけれど、11時に出勤して、間休憩をガッツリ入れて、翌日11時までずっとモニターの前にいるのだ。理由はただひとつ。昔からそうだから、だ。


まあそんなわけでラブホに一日中貼り付くわけだけれども、まあやっぱり、事件は会議室よりは、ラブホテルのほうが起こりがちではある。

私の記憶に残っている出来事メモを7つ、ここに書きつけておこうと思う。

メモ1_「半分は住んでる」

まず1日目驚いたことは、利用者の半分はそのホテルに実質住んでいたことだ。
ホテルには会員ポイント制度があり、ゴールドステータスになると、1泊4000円とかで宿泊できる。単純計算して、4000円*30日=12万円で、心斎橋駅から徒歩5分圏内の物件と考えれば確かにお得。もちろん一般のホテルステイのように電気ガスは使い放題、どころか、ラブホテルであれば、BSのみならず大人なチャンネルまで見放題で、お風呂はトイレと別どころか泡風呂までつくれるジェットバス付(あと謎にレインボーに光る)。上階のベッドは回転までする。

ちなみに会員はモニターに名前が出るのだが、サトウ・スズキ・タナカと並んでいて、先輩が「わかってると思うけど全部偽名ね。多分。」と教えてくれた。私もこのサトウ・スズキ・タナカさんらから学んで、どうでもいい会員登録には偽名を使うようになった。

メモ2_海外観光客が来たら部屋を一気に満室にして電話にも出るな

短い勤務期間ではあったが、一度だけ怒られたことがある。「海外観光客がきたら部屋を満室にしろ、フロントに電話かけてきても出るな」を守れなかったことだ。とにかく清掃が大変らしい。一度見落として入れてしまったようで、清掃の人から内線で「入れたね〜!?!?」と言われた。何をどうしたらそうなるのか分からないけれど、マットレスがびしょびしょになっていたらしい。

かといって、監視カメラのモニターで観光客か否かを見分けるのは至難の業だった。特にアジア人となると全くわからん。かといって、日本人は弾くなと言われる。ホテルのフロントは当時私を含めて3人いたかと思うが「ホテルをいかに満室にしながら、痛客を入れないかは、フロントの仕事の質にかかっている」みたいな教訓を教えられた。

メモ3_毎週木曜日にくる「絶倫くん」とショッキングピンク

さて別日の木曜日の平日の昼がさり。チェックイン時間に、どこにでもいそうな、ユニクロで上下揃えて、斜めがけのバックをかけた男性が1人で入ってきた。

「お、来たな絶倫くん」

この「絶倫くん」さん、毎週木曜日に来ては、翌日のチェックアウト時間まで女性を呼び続けるらしい。仕事はおそらくしておらず、家が相当なお金持ちらしい、というところまでは従業員のみんなが教えてくれた。

「絶倫くん」さんが入室してから、15分もせずに女性が1人やってきて、「絶倫くん」さんの部屋へ。その後20分足らずで出てきた。

「こっから何回もチェンジするから女の子何回もくるで」

教えてもらった通り、トータルで5人くらいの女性が入ったり出たりした。「何回チェンジするねん」という先輩の声を聞きながら、私は、くる女の子、みんなショッキングピンクのアイテムを何かしら身に付けてるな、と思った。それから街でショッキングピンクを見つけるたびに、木曜午後の「絶倫くん」さんを思い出すようになってしまった。あのショッキングピンクは女の子たちの強さの象徴にも見えたし、一方で、か弱いからこその強がりのピンクにも見えた。


メモ4_イホー・フー・ゾクノ・タナカさん(推定フィリピン人)

またあくる日、一本の電話がかかってくる。「あ、こんにちは、タナカですけど、部屋って空いてますか」と男性の声。「ただいま清掃中でして・・・」と私が答えると電話の男性が「あ、もしかして新しい人?」と言ってきた。頭にハテナを浮かべてる私をみた社長が「変わって」と声をかけてくれて、社長に変わる。
電話の男性は社長とあーだこーだ話して電話を切ったかと思えば、社長はそのまますぐに清掃スタッフに電話を入れて「タナカさん来るから、部屋1つ早めに拵えてくれへん?」と指示をした。今のタナカさんは、どうやら社長とも顔馴染みの常連らしい。「タナカいっぱいいて分かりづらいかもしれんけど、今のはフィリピンパブやってる、イホーフーゾクノタナカさん。連絡きたらよほどのことがない限り部屋用意して。」と言われた。
私は覚えなきゃいけないお客さんリストに「イホーフーゾクノタナカ」とカタカナで書いた。変わった名前だなと思った。

メモ5_毎月横浜からホスト遊びにくるアケミとそのツレ

月に一度横浜から派手めな女性が2人、大阪に遊びにくる。1人はアケミ、もう一人はツレと呼ばれていた。会員登録もアケミで、偽名を使う皆がスズキだのタナカだの使ってるのに、どんな登録方法をしたらこの無機質なシステムに下の名前(しかもおそらく源氏名)が表示されるのだろうと、もはや感心するまである。

アケミとツレは、最初は2人で1部屋借りるけど、それぞれがお気に入りを連れ込むので、夜は追加でもう一部屋借りるらしい。しかも横ではなくて、一階上か下の部屋を御所望されるとのこと。お得意様かつ、以前清掃スタッフさんがアケミの高級ブランドの紙袋を間違えて捨てたかなんかでトラブルになったことがあり、来るときは事前にニ部屋部屋確保しておくように、と教わった。連れ立ってお手洗いに行くみたいなのが、大人になるとこんなところにまで連れ立ってくるのかと思った。もうそもそも、片方はアケミなのにもう片方がツレの時点で2人の間の力関係みたいなのが垣間見えると思った。

メモ6_ラブホの鍋焼きうどんは夜明けが美味い

宿泊にすると朝食が無料でついてくるのがこのホテルの売りだった。従業員はまかないとして夜食は500円でホテルのご飯が食べられた。とは言っても食べるのはAM3時。ホテルにはキッチンがあったけど、受付スタッフはモニター前から離れては行けないと教えられていて(いつ何時観光客が入ってくるか、イホー・タナカさんから電話が入るか分からないのでね)業務用コンロがある場所には清掃スタッフさんしか入れなかった。鍋焼きうどんが美味しいよ、と教えてもらったけれど、確かに、日本で手に入る冷凍の鍋焼きうどんが、まずいわけがなかった。誰がいつ作ってくれても美味しかった。でも、明け方3時、受付が落ち着く頃が一番美味しく感じた。
コロナ中に、Uberで人気のオムライス屋さんが実はラブホテルだった、みたいな話があったけれど、ラブホテルの飯は、まあいわゆる日本で名を馳せてる食品企業の努力を如実に反映していることが多いので、結構美味いと思う。

メモ7_一度も見ることがなかった露天風呂

さらにこのホテルの売りは露天風呂だったと記憶している。最上階に露天風呂があって、+3000円払えば入れた。でも、受付スタッフという職務上、実はホテル内部にほとんど入ったことがなかった。というのも、ラブホテルはお客様と従業員が館内で鉢合わせるのは御法度なので、安易に出歩いたりはさせてもらえなかった。ただ、露天風呂のスイッチが受付にあったので、お湯だけは入れてる感覚があった。大体15分くらいで満水になるらしく、その時間でまたスイッチを切る。まったく想像がつかなかったけれど、結構景色が綺麗らしい。確かに繁華街の光が照らす夜空は、ちょっとみたいかもしれない。


その後1ヶ月足らずで最終選考に進んでいた病院から内定の連絡を受けて、私のラブホテルフロントスタッフ生活は早々と幕を閉じることになった。1日24時間勤務したら2日休みなので、合計勤務日数は10日もいかなかったと思う。振り込まれた給料は19万円だった。

去年、久しぶりに心斎橋に行くことがあって、懐かしのホテルを見に行こうと思って行ってみたのだけれど、辿り着けなかった。名前も思い出せない。もしかしたら夢だったのかもしれない。

ただ、あの経験が夢だったとしても、今確かに私にしっかりと身についてる能力がある。いわゆる“繁華街で生きた人の匂い”を嗅ぎ分けられるようになったのだ。多分、相手側も気づいている気がする。共鳴してるっぽい。目の色なんだろうか、雰囲気なんだろうか。独特の退廃的な目付きをしながらバリバリ仕事をしてるタイプからは、大体香る。

社会人になる前の社会勉強としては最高の職場だったと思う。今後にも活かしていきたい。


#創作大賞2024 #エッセイ部門  



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