新人営業きっかわ 1話「はじまりはバイト」

バイトの応募から、ひょんな切っ掛けで営業を始めた男きっかわの、
成功と失敗を描いたストーリー。


大学2年生にして学生生活も慣れ、バイトを探し始めた。
コンビニで不意に取った求人雑誌の片隅にあるページが目に止まる。

「ガソリンスタンド、ポイントカード勧誘スタッフ:時給1200円」

良いじゃないか。と思った。

高校生の時にしていたバイトは菓子パン工場のライン作業だ。
砂糖の甘ったるい匂いと熱に包まれて、防護服状態で延々と単純作業を繰り返して時給1000円、チンタラしてるとベテランのおばちゃん達に怒られながら置き去りにされるから息つく暇もない。それと比べればとても魅力的だ。
特に時給なのがいい。要するに、件数が取れようが取れまいが契約分の金は出る。相手を口説き落とす事を考えなくてもいいから気楽だ。
だいたい、本当に要らない人なら強気に勧める方が人として終わってる。

思ったが吉日、早速派遣元の会社に電話して、アポを取った。

担当営業さんは前髪のカールがとってもクセツヨなおっちゃん。
駅前のカフェで経歴や趣味、得意分野なんかを少しヒアリングしてもらったのち、そのおっちゃんが口を開いた。

「きっかわくん、こっちの仕事向いてそうだからしてみない?」

ぴらっと出して来たのは同じく店舗営業、但し商品が情報機器とあった。

「内容の説明とセールスポイントなんかは研修するからさ、きっかわくんはパソコン全般に詳しそうだし、人当たりも良さそうだから向いてると思うんだよ。時給もいいしね」

そこに載っていた時給は1500円、あの地獄の菓子パン工場の1.5倍だ。
土日だけフルタイムで入っても10万円は狙える、学生の身分としてはとても魅力的に映った。

「いいですね!やります!」

もうノリノリである。頭の中でバブルガム・ブラザーズのWON'T BE LONGが流れていた。ノリノリノリOh!である。

後日、研修を受けた。
販売目標は携帯キャリアが展開中の通信カード。
USB端末でPCを携帯の3G回線に繋げられるという代物だ。
通信料金は携帯と同じで定額制。PC利用を前提とするため、普及率UPを狙いセット購入で割引キャンペーンを家電量販店で展開中とのことだった。

率直な感想でいえば「高いな」だった。
但し、電卓を叩いたら「売れるな」だった。

我が家の通信インフラは固定回線1Gbpsで月額5000ちょっと。
家のデスクトップでガンガン通信は行い出先では極力費用を抑える為、携帯電話は電話のみ、通話プランのみ契約で通信プランはカットしていた。
端末代の割引こそできないが、型落ち2万円機種を一括で購入。月額費用を2300円~4980円となるプランではなく、980円としていた。
メールこそショートメールしかできないが、ノートPCを持ち歩いていた為、そもそも学校と家ではwifiの恩恵があった。一般人よりは通信量自体は多かったはずだ。

そんな中、貧弱な携帯回線に別枠で月額5000円、使わない月があっても最低1500円程度上乗せである。自分なら要らない、間違いなく。
だが冷静に考えてみた。

自分は他の人とは少し常識がズレているらしい。
進学先は兎に角学費が安くて近場(少なくとも車やバイクで通える)場所に拘り、奨学金も使わず、通信費は兎に角抑え、倹約に努めた。
そうすれば、年間いくら浮いて、いくら他の遊びや買い物ができるのか直ぐに計算できたのもあるが、特に我が家は親のお金が無いアピールが凄かった。
実際は本当に無い家庭よりはまだ「食っていける」ってレベルだったのだろう。それでも父親が見栄の為に買ったプレジャーボートの維持費だとか、何台も買ったバイクだとかなんかで、手放すまでの間に十分な貯金といえるものは無くなっていた。
その無駄遣いを切っ掛けに親子仲が険悪になったせいで、無駄遣いを嫌悪こそしないが、「有意義な使い方」と「身の丈にあった使い方」に拘るようになっただけだ。

だが待って欲しい。
自分の周りの人達は携帯をどのように使用していた?
ひっきりなしにメールを打ち、
〇〇ゲーとかいうドット打ちのカっスいゲームを延々とやって、
かけ放題とかいうオプションで寝落ちする人を沢山見てきたじゃないか。
彼ら彼女らは一度として、定額4980円+端末保証780円とか気にもしてなかったじゃないか。

推定の客層とは誰だ。
社会人でノートPCが出先で必要な人だ。
緊急の連絡や資料送付をメールで送りたい人だ。
或いは、広い画面で株や為替の取引を行いたい人だ。

文書ファイルが編集したり送ったりできなければ会社に戻る必要があるだろう。
それに掛かる時間は勤務時間だ、距離によっちゃ移動の費用に加えて時間単位で大幅な損失だ。
その心配が無くなるし、出ていながらそれらの業務を行えるなら、むしろ売上に貢献する。
トレーダーなんて外出先での急いでログインしたい瞬間に出来ない時が一番苦痛じゃなかろうか。
そもそも携帯の狭い画面で取引するのだって苦痛だ。
彼らの仕事は時給換算で3000円とか5000円とか平気でする人達で、それ以上も当たり前だ。彼らの1時間を捨てないで経済活動に宛てれるのは間違いなくセールスポイントだ。
研修ではそんな説明は無かったが、市場の本質的な需要はコレと睨んだ。

ただサラリーマンではない一般層受けはしない。
目線を変える必要がある。
ダラダラと携帯のパケットを垂れ流してる人達は狙い目だった。
単純なゲームのし過ぎで携帯側が上限に行くなら、小さいノートでHa〇gameとかmi〇iとかのゲームやるのだって一緒だし、もっとコンテンツがリッチだ。
動画サイトを見るのだって快適だ。
そして携帯側の使用量を抑えれるなら、そこまで月の費用は上がらない。

売れそうだ。
問題があるとすれば、営業が未経験な自分自身だろうか。
派遣の担当者によれば、初週の2日は先輩と二人で入って、流れを覚えてもらってから次週から任せる、ということだ。
そういう事ならと、快く返事をして、週末を迎えた。
向かった店舗は県内の中央区で本店を構える大型量販店。
客足も多く、営業の機会は多いだろう。

先輩の方と待ち合わせをして入店時の説明を受けて、店内へ入る。
全て初めてだ。兎にも角にも緊張してしまう。
だがどうしても、どう~しても気になる事があった。
先輩の体型が太い。
それはそれは太い。
ベルトに腹は乗ってるし、二重顎だし、それでいて前髪がアルファベットのCのようなカールになって束ねられている。
そしてぶっとい黒縁眼鏡だ。こんなコテコテの芸人でも居ないような見た目の人が居るだろうか。そのストラップタイは蝶ネクタイの方が様になっていたのではないだろうか。
この身形で客商売のしかも営業というのは社会一般的にアリなんだろうか。自分が学生で社会経験少ないから分からないのだ。何なら自己紹介で彼は他キャリアのスーパーバイザー(エリアマネージャー)をしていたというのだ。経験も長いということになる。

いや、人を見た目で判断してはいけない。見た目とのギャップでむしろ客ウケの良い人気営業マン的な感じなのかもしれない。それなら学ぶモノも多い、先生と思ってしっかり見せて頂くつもりでやろう。

初陣である。

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