新人営業きっかわ 2話「初陣」

先輩の見た目は芋洗坂係長に激似だった。

冗談とかではなく激似だ。
たった2日のOJTだったが、兎に角似ていたという印象だ。
心の中で彼の事を係長と呼んでいた。

この2日は集中して係長の動きや話し方を見た。
良いも悪いも含めてだ。近くのモックを磨いたりカタログを整理しながら話を聞き、相手のリアクションを遠目に伺う。
店舗スタッフとの会話を聞いて、先方の感触を伺う。
ちょっと手が空いて暇そうなスタッフが居たら、粗相があってはいけないので教えて下さいの体裁でアレコレ聞いてみる。そして客層の特徴なんかもついでに教えてもらう。契約獲得の為のリサーチということでこれは好感触。

係長の物腰は柔らかい。
丁寧に挨拶して、お客様にもやさしく、やさし~く話しかける。
無難に説明して、自分の商品の紹介もして、「良かったらどうですか~?」と切り込んで、「検討します」と帰られる。
1日でそれを繰り返す事約30、2日で50ちょっと、成約は無かった。

「獲得に至らず申し訳ありません・・・、次は更に動きを工夫して件数獲得に繋げます」
申し訳なさそうに初日挨拶していた係長が印象的だった。
彼は恐らく本心で獲得できなかったのを残念がっていたし、頑張っていた。
顔じゅうから汗が滲み出ていたから一生懸命さは伝わったと思う。
ただ気持ち悪かったのだ。
数字が伸びないの、何割かコレなんじゃないかと思った。
しかし社会経験が足りないのだ。迂闊な断定はいけない。
来週からは一人なのだ、謙虚な気持ちで学習していこう。

2週目の週末が来た。
入店して挨拶をしてフロアに入る。
携帯キャリアのスタッフさんは女性スタッフが多いので、緊張は取れない。
性分がオタクなのだ。美女かどうかに関わらず、女性の対応は緊張する。
「あ、きっかわくんおはよう」
「おはようございます」
「今日から一人よね、よろしくう~」
「頑張ります」
「先週来てた人・・・ちょっと見た目キツかったよね」
「・・・」
いや駄目だったんじゃねえか。
気を遣って損したわ。
自分の審美眼が間違ってなかったという自信を悲しい理由で得てしまった2週目が始まった。

先週疑問だった点を検証しよう。
係長だろうと自分だろうと、どんなに丁寧に商品を紹介しようと基本的に即決が無い。
係長は残念がっていたが、正直特に不思議ではない。
こんな通信カードはそもそも認知度が低いのだ、2年契約もある訳で月額ではなく年額で見れば結構な買い物だ。奥さんの許可が要る旦那さんだっているだろうし、仕事で使うなら会社の経費申請だって必要だ。
つまり、即決を求めてないし、何も売りつける気が無いちょっと詳しいお兄ちゃんとして振る舞っていた方が、変に警戒もされなければ、実際に興味のある人も自分を目当てに戻ってくるのでは?という仮説だ。

なのでまずは、PCコーナーをウロウロしながらお客さんに挨拶して、本当に下らない雑談をした。
「今日通りすがりのワンちゃんに猛烈に吠えられたんですよ。何か悪いことしたんかな、臭かったかな?って、めっちゃ気にしながら来たんですよ。お客さんから見てどうですか、私変な邪気みたいなの出てません?あぁ良かったです~」
ぐらいの下らなさだ。
この時携帯キャリアのジャケットを着ていたのは良かった。パソコンを売るのが目的とは思われなかったからだ。
「ちょっとマニアなので、どっちがいいか分からんとかあったら言ってくださいね」ぐらいで良い。後で呼んでくれるので次々に挨拶していく。

次に相談に乗って、楽しくお話できればいい。お客さんが自分のユニフォームで「無関係なのに色々聞いちゃってすいません・・・」なんて聞いてくれればラッキーだ。「実はそう無関係でもないんです。僕こんなん紹介してるんですよ。まぁノルマとかも無いんで、良いなと思ったら使って下さい。分かんないとこは説明しますから」って簡単に紹介しておく。
タイミングが来なくても、何ならパソコン購入をもう決めちゃって、後は買って帰るってタイミングで「一応仕事なんですんません、紹介させてください」と断って伝えれば良い。
割引が効くし、使い方をイメージしてもらって良いと思えば一緒に契約してくれる。あるいは再訪問だろう、別れ際に付箋メモを名刺代わりに張り付けたポケットティッシュを3枚渡しておいた。
派遣スタッフで来た野郎に名刺なんて無い。
今日話した内容のキーワードと、自分の名前だけ書いておいた。
あわよくばこのティッシュプレゼントしながら、欲しがりそうな知人に口コミしてくれたら楽だな、の精神である。
名刺を人にあげるのよりティッシュの方が気楽のはずだ。

幸い宣伝用にキャリアから配布用のティッシュを紙袋ごともらっていたので、配る量には困らなかった。3枚一気に配る根拠もあるから堂々と配る。
宣伝効果よりも配った数=ティッシュ減った数だけで評価するちょっと謎な人も居るはずなので、その辺の心象も良いはずだ。

加減が分からない新人なのでとりあえずは一生懸命やった。
成果は1件成約。
40台のおじちゃんだ、「小さいパソコンもいいねぇ」からスタートして、
「こんなに色々してくれたし、じゃあ使ってみようか」とのことだ。
「本当は別に欲しい訳じゃないけど」
言外にそういわれた感じがしてちょっとショックだった。
割引あるから全く使わないなら確かに基本料で済む、トータルもそんなに出費が増えるわけじゃない。とはいえちょっと契約作業で時間がかかるのでお手数かけてしまう。
その時間ぐらいは自分の為に使いますよと言ってくれているのだ。
もしかしたら使ってみて需要が新たに生まれるかもしれない。
ただ現時点では無い。本当の需要ではなく、割引と人柄だけで売ったという感覚に、悔しさを覚えた初戦だった。

そして次週、事件が起きていた。


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