新人営業 5話「頑張ってしまった」

忍者になっていた。

勤務中の自分を評価するならこれだろう。
駅前店の勤務が始まって早3週目、声出し連携や物販支援をこなしつつ、
隙あらば他のスタッフが寄り付かないコーナーで悩んでいる人とお喋りに勤しむ。
或いは、拘りが強かったり大変誇り高いタイプの客人が多いリンゴPCコーナーなどだ。皆が皆、そういうお客さんの相手をするのは嫌がるし、お客さんも話が通じないから煙たがる。

「こんにちは、イラストとかされるんですか?」

関係無かった。

「へぇ、じゃあ出版側だったり?リンゴ系は座標がズレなくて良いですよね!」

自分は根っからの窓PC族だが、だから売れないなんて言えない。
誰が重宝していて、どういうファンが居るのかを調べれば、抑えておきたい情報は決まってくる。それを探しておき、一緒に共感する。

「僕もPowerPCのころはアツイな~って思ってたんですよ、ネタが古すぎますね(笑)、今は特定分野のプロ御用達でスペシャリストマシンって感じなので、それはそれでカッコいいですよね」

付け焼刃感を出さないよう、主観と俯瞰っぽい所見を用意しておく。
こんなもんでいいのだ。パーツ構成を語る種族はこのコーナーには居ないし、専門的すぎる話を他人と量販店の売り場でやるほどプロも暇ではない。
嘘っぽくなくて、分かってくれてる感が大事なのだ。どこで買っても客は値段以外一緒で、コレなんかは値段が殆ど変わらないのだ。そういう人が居る所で買う方が気持ちいいに決まってる。

「じゃあ、このへんにしとくかぁ」
「そうですね、しておきますか」
「じゃあこれ、お願いします」

こうして、PC売り場でお客さんの綱引きをしているライバルを尻目に、30~40万ぐらいするPCの販売を店舗スタッフさんへ引き継ぎ。

「え、売れたの!?」

むっちゃ感謝された。
聞けば物販の伸びていない日だったらしく、そういう時の一撃として申し分ない成績になるんだとか。

「きっかわは物をかなり売ってくれる」

乾いた喉に潤いをもたらしたお陰で、販売員ではない店舗側のスタッフからの当たりがとても良くなり、販売員を避けて店舗スタッフに直接相談に来た常連さんとか、見込みのあるお客さんを一度パスしてもらえたりするようになった。
宣伝を兼ねたPCサプライ周りでのお買い物サポートも功をなしたのか、そんなイメージを持たれてきていた。

そんな中出た、成約は2件。

「~~~ありがとうございます」

深々とお辞儀をしてお礼を言ってきたのは、まさかのマッシュだった。
物販が売れない、お客が流れていく。それは通信契約系でも影響を受けていたのだ。ジャンジャカ売っていた彼らがまるで契約が取れず憔悴していた。
その中での2本。重い契約だったらしい。

安堵した。
皆が見ていない所を掘り進めておいて、良かったと実感できたこと。
マッシュが、単に鬼リーダーなんじゃなくて、責任感が強く誇り高いプロフェッショナルだったのだと気づいたこと。
そしてそんなマッシュに感謝されたこと。プロとして認めてもらえたような気がしたこと。

バイトだし学生だしオタクだし昔はヒッキーだったしで更地のような自己肯定感だった自分にとってそれは、それはそれは胸に響いた感謝だった。

だがしかし、である。
普通に仕事がしんどいのだ。
それはそれ、コレはコレである。

負担を誤魔化しながらとはいえ郊外型店よりあまりに忙しい。
だが人が居ないからこのままでは戻る事も難しいのだ。
そして閃いた。

「あ、そうだにゃ!」

駅前の地下街を通り過ぎながら、衆目も気にせず謎の奇声が出てしまった。

自分は情報系の大学校である。
横を見れば右にも左にもオタクがいるのだ。
学生寮の苦学生でやれそうな人を紹介すればいい。
彼らは電車でしか通えないから必然的にこの店舗へ来るし、自分は車通勤できるから郊外行きとなるだろう。

「ねえねえ阿田君、俺のバイトやってみる?結構儲かってるよ」

かくして友人の生贄召喚に成功した自分は郊外店へ舞い戻ることに。
都市型店での成約数は、10から先を数えるのはやめた。
別にインセンティブが増える訳でもないのでどうでもよかったのだ。

「ありがとう。また来てね、宜しく」

クジラと別れの挨拶をして最後の勤務を終えた。
阿田君には平日の間に仕事内容と諸注意を伝えておいた。

週末、郊外店ではキャリアスタッフの皆から歓迎された。
そんなに?と思ったがどうも替え玉で入ってきていた自分の後任がたいそう酷い感じだったらしく、元に戻してほしいという話が来ていたそうだ。
自分の方がいいという話はありがたいことではあると思いつつも、大らかな人が多い郊外型の店舗でそんなに言われるってどんなレベルよと驚いた。

そうして1ヵ月。
担当営業から電話が掛かる。

「ごめ~んきっかわ君、阿田君なんだけどさぁ、店舗からNG出ちゃったみたいで、また駅前店いってもらえる?」

どんなレベルよ阿田君。
作戦は失敗である。

結局、卒業まで駅前店を任せられる後任は現れず、忍の里を抜けることは叶わなかったのである。

新人営業きっかわ 第1章終幕リザルト
レベル:244(勤務日数)
ジョブ:忍者
スキル:名刺3連手裏剣、物販鍵縄、土遁・DOS/V沼
新規獲得件数:いっぱい

次回予告:卒業後、きっかわはかつての戦友、クジラと出会う。
そこで明かされる当時の秘話。
様変わりした現場。
そして残酷な現実と挫折。
新たな出会いと別れ。

第2章 技術営業きっかわ ウケれば開幕!

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