私ね 随分大人になったよ
数年前、恋をした。
いや、恋と呼ぶには少し何かが足りない気もする。
私は彼を好きだったと思う。
そして、彼も私を好きでいてくれたと思う。
私たちはまるで、初めて恋人ができた中学生のように毎晩電話をしたり、好きだの可愛いだのと言い合った。
だけど、私と彼は恋人同士ではなかった。
彼の誕生日、好きなもの、家族、仕事、趣味、ペットの名前、血液型、電話番号、過去の恋。
なんでも知っていたけど彼が私を本当はどう思っているか、知らなかった。
彼も私の誕生日、好きなもの、家族、過去の恋、知っていたけれど、私の気持ちを聞こうとはしなかった。
優しい声が好きで
優しい話し方が好きで
欲しいものをこっそり買ってプレゼントしてくれるところが好きで
話が下手な私を急かさずに、最後まで笑って聞いてくれるところが好きで
愛犬の話になると少し声が高くなるところが好きで
頑張れじゃなくて頑張ったねって言ってくれるところが好きで
久しぶりに会えたとき、寂しかったねごめんねってぎゅっと手を握ってくれるところが好きだった。
確かにあのとき、私は彼が好きだったと思う。
優しい声で、私のことを呼んでくれると
じんわりとじんわりと、私の中にも優しさが広がっていくようだった。
(きいろ)ちゃん、と意味もなく名前を呼ばれる時間が幸せだった。
だから私も、何度も何度も応えるように○○くん、と意味もなく名前を呼んだ。
彼に好きだと、可愛いと言ってもらえた時は
心が満たされていくのがよく分かった。
憂鬱な仕事だって頑張れた。
残業中に思い出して、顔が緩んだ。
それでも私たちは、恋人同士ではなかったのだ。
どちらかに、本当は恋人がいたとか、既婚者だとか、そんなことはなかったと思う。(たぶん)
私たちはどういう関係?と問いただすこともなかったし
付き合って欲しいとどちらかが言うこともなかった。
関係性に名前が欲しくなかったわけではないが、欲しかったわけでもない。
曖昧で、いつ消えるかもわからない不安定さが心地良くもあったのだと思う。
言ってしまえば彼も私も、若さ故の不安定な関係に酔いしれていたのだ。
その関係の終わりはあまりにも呆気なかった。
ふと、私が我に返ってしまった。
何やってるんだろう、そう思ったらもう早くて。
すぐに全てのSNSでブロックして、電話番号も着信拒否。
それからはもう、彼がどうなったのか、今どこで何をしているのか私は知らない。
今もまだ白いベンツに乗って、ジョーマローンの香水と煙草のにおいがするんだろうか。
今もまだ、好きだとかそんなことはないけど
あのときの私はとても幸せだったと思う。
ちなみにタイトルはこの曲の歌詞です。
奈緒さんが出てる方も可愛いのです。