陰キャが生徒会選挙バトルに圧勝する話。
現在の私は副社長だが、小学5年生のころの私は生徒会副会長だった。きっと私は永遠にトップに立てない男なのかもしれない。
クラスの誰かの「お前が立候補したらおもしろいんじゃね?」という言葉にそそのかされて、クラスの人気者では決してなかった私だが、ノリで副会長に立候補した。
私がいた小学校の場合、生徒会を「書記局」と呼んでいて、その構成メンバーはぜんぶで7人。
・生徒会長は6年生から1人。
・副会長は6年生から1人、5年生から1人。
・書記長が6年生と5年生から1人ずつ。
・そのほかに書記が2人。
5年生と6年生から選ばれるわけだ。どの小学校もそうだと思うのだが、立候補してすぐにそのポストにつけるわけではない。
選挙で当選する必要がある。
私がいた小学校は1学年が約120人。各学年は4クラスだった。選挙権が与えられるのは4年生以上に限られ、低学年には選挙権がなかったと記憶している。
5年生4クラス、各組の中から1人ずつ副会長候補が立ち上がる。つまり、1学年120人中の4人による、たった1つの副会長のイスをかけた生徒会選挙バトルが開催されるのである。
というわけで、今日はいまから21年前の
生徒会選挙バトルを振り返ってみたい!!
いってみよう!
れっつ、清き一票!
[1]副会長を目指す4人の候補者
地獄の生徒会選挙バトルに「我こそは副会長」と参戦したのは、以下の4人であった。
5年1組:氏神マヤ(仮名)
5年2組:イトーダーキ
5年3組:西澤ツバサ(仮名)
5年4組:高村コータロー(仮名)
きつすぎる。
学年一のマドンナ、スポーツ万能のリーダー、
お調子者の主役、そして私だ。
当時の私は学年一のスポーツ万能でもないし、みんなに人気のお調子者でもないし、モテモテの男の子でもない。
これはきついぞ。
しかし、私が勝つのである。
一体、どのようにして勝つのだろうか!
[2]立候補者には1人ずつ責任者がつく
各立候補者には、責任者という形でその候補者を支援する生徒が一人つくこととなっていた。要は「この人こそがふさわしいですよ」と周りに言ってくれる友だちである。
私の場合、この責任者の立場に、ニコラス(仮名)という友人をつけることにした。ニコラスは男の子で、ガチのフィリピン人であった。顔はガチのフィリピン人だが、中身は日本人で当然日本語はペラペラ。
私が彼を責任者にしたのは、単純に仲が良かったからである。
他の候補者に関しては、誰が責任者だったかを記憶していない。
次に、バチバチの選挙活動を見ていこう。
[3]休み時間と放課後のバトル
2時間目の終わりの20分の休み時間、そしてお昼休み、最後に放課後。この時間というのは、各立候補者が名前の書かれたタスキを胸にかけて、廊下を歩くこととなっていた。
「清き一票をお願いします!」
と言って4年生、5年生、6年生を回るのである。私たちは5年生であったから、他学年からの投票をどれだけゲットできるかが勝負になる。
学年一のマドンナ「氏神マヤ」の場合、多くの女子の取り巻きを抱えながら、笑顔で回っていたし、
スポーツ万能のリーダー「西澤ツバサ」は野球少年を取り巻きに、パワフルに廊下を闊歩、
お調子者の主役「高村コータロー」は、彼持ち前の元気に惹きつけられた陽気なキャラクターたちを多数従えて、6年生に媚びていた。
「ニコラス……どうする?」
私は後悔していた。
どうしてこんなバトルに参戦してしまったのだ。まさか生徒会選挙がこんな人気者バトルだとは考えもしなかった。
「お前が出たらおもしろいんじゃね?」と笑っていた友だちを恨めしく思った。
「ま、まぁみんなと同じようにしよう」
とりあえず私とニコラスは、2人で廊下を回ることにした。他の3人は多くの友人を従えてこのバトルに挑んでいるのに、私は根暗に人気のタイプであったように自己分析しているから、この戦いはきつかった。
そんなこんなで、やるべきことといえば、こうして廊下を回って、自分を売ることしかないので、どんどんと時が流れていった。
[4]選挙前日の応援放送
苛烈を極める地獄の選挙バトルは、その選挙投票日を2日後に控えていた。
私がいた小学校では、投票日の前々日から2日間にわたって、責任者による応援放送があった。
お昼休みの給食の時間帯に、各立候補者の責任者が放送室にいき、候補者がどれだけ素晴らしいかを話すのである。この放送を先生を含めた学校の全員が聴くことになる。
最後のお願い、というやつだ。
1日目は書記・書記長に立候補した生徒についての応援演説であった。学校中の生徒たちが給食を食べながらモグモグ聴くのである。担任の男の先生が「静かに聴け」というので、私も静かに聴いた。
聴いて思った感想。
つまらない。
誰もかれもつまらなかった。
責任者による応援放送。その候補者がどんな生徒で、どんな公約を掲げていて、どれだけ人気があるかを自慢し合うのである。
なんなら笑いながら、ヘラヘラして放送する責任者もいた。それはそれでいいけど、なんだか面白くなかった。
…ふーーーーーーむ。
「……ニコラス、ちょっといい?」
「……えっ、なに?」
[5]放送原稿を直前で変える
責任者による応援放送は、どれも同じでおもしろみに欠けていた。たまに陽キャによるウケを狙った放送もあって笑う生徒もいたが、私はおもしろいとは思えなかった。
「ニコラス、原稿を変えたいんだ」
「……え? 変えるの?」
「うん、ちょっと待ってね」
そう言って、鉛筆を持って紙に書いた。応援放送は約2分くらいだった気がする。ここでどれだけインパクトを与えられるかが勝負の分かれ目。応援放送の原稿をニコラスに渡す。
「よし、これでちょっと読んでみて」
「……」
「……」
「……」
「……ニ、ニコラス、ど、どう?」
「俺がこれを読むの?」
ニコラスは困っていた。
「うん。これを読んで欲しい」
「うーん、まあいいけどさぁ」
「さすがニコラス!
でもね1個だけ注意点があるの」
「な、なに」
「絶対に笑わないで読んでほしい。
できるだけ真面目に読んでほしいんだ」
「うーん、わ、わかった」
こうして、直前で変更した原稿を手にして、応援放送の当日、その給食時間、ニコラスは放送室へ向かって行った。
……頼んだぞ、ニコラス。
[6]応援放送が流れる
給食の時間になった。
私はいつも通りの教室、先生の近くの席で給食を食べる。ドキドキしながら。
他の候補者はどんな応援放送をしてくるんだろう。
ニコラスは笑わずに読んでくれるかな。
とにかくドキドキしていた。
応援放送が流れる。
まずは学年一のマドンナ「氏神マヤ」の責任者(女子)による応援放送である。教室中がシンと静まり返る。
氏神マヤの応援放送も普通だった。
やっぱ微妙だ。
私の番がくる。
私の番というか、ニコラスの番だ。
教室中の全員が静かに聴く。
担任の男の先生も真剣な面持ちだ。
ゆけ、ニコラス、頼む、ニコラス。
笑うな、笑うな、絶対笑うな。
ニコラスは静かに話し始めた。
クラス中がどよめいた。
先生も驚いている。私はドキドキしている。
頼む、ニコラス、笑わないでくれ。
ニコラスが終始真面目なトーンでこれを話す。
どよめいていたクラスメイトが次第に笑い出した。私はまだドキドキしていて先生は静かに聴いている。
教室は大爆笑だった。
ニコラスは途中で笑ってしまったけど、まあいいさ。先生の近くで給食を食べていた私は、まだドキドキしていた。でも思った。
……勝ったな。
そう思いながら給食を食べ続けた私だが、先生がボソリとつぶやいたのを聞き逃さなかった。
[7]生徒会選挙当日
放送を終えたニコラスは汗びっしょりだった。
熱い抱擁を交わした。
「ニコラス! ありがとう!」
「笑っちゃった」
「全然いいよ! 最高だった!」
「当選するかな」
「どうだろうね」
当選した。
学年一のマドンナも、学年一のリーダーも、学年一のお調子者も蹴散らして、私が副会長に当選した。
こうして私は副会長になり、生徒会書記局の一員として、ガチで学校の改革に乗り出すことになる。
私がアイデアを出して創られた学校のイベントは、私が卒業した後も残り、20年経った今でもそれは続いているとかいないとか。それはまたいつか書こうと思う。
ちなみにニコラスは、今や4人の子どものパパになり、地元に戸建て住宅を建てて、家族で楽しく暮らしている。
私の前職は生命保険業だから、ニコラスの家族の保険も預かっており、ニコラスの奥さんに初めて会ったときにはこのエピソードを聞かせてあげた。
ニコラスは「そういやそんなこともあったね笑」と笑ってて、奥さんも笑ってた。
私の友だちのニコラスは、
めちゃくちゃいいやつなんだぜ。
【今夜9時】30回目の音声配信は2時間の朗読!