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バー通いの理想と現実。

この記事を書いているいま現在、
私は夜の札幌市内のバーにいる。ひとりで。

「いつかは1人でバーに行って、誰に話しかけられることもなく、お酒を一杯二杯、味わいたい」

大学生のときに持っていたうすら寒い願望を、32歳になったいま叶えてみても、特に達成感はない。なぜならもクソもない。達成感なんてない。


カウンター席に座ると、
大学生風の女性店員さんが話しかけてくれる。


そう、いくらバーにいるといえども、私の場合、そんな会員制だとかの高尚なバーには、勇気がなくて行けない。せいぜい、少し大人びた女子大生が働いているような、そういうクラスのバーにしかいけない。


だから、

当然、行きつけのバーなんてない。


この歳になると、行きつけのバーのひとつやふたつ持っておきたいものだけれども、私の場合、札幌市内の5店舗くらいのバーに、定期的に行ったり行かなかったりの生活。


だから、

「あ、〇〇さん、お久しぶりです!」

なんていう店員さんは私にはいない。
あぁ、さみしい。


それほど人が多くはない平日の夜10時頃、バーに入ってカウンター席に座る。ムーディーなBGMが流れる中、先ほど述べたような、大人びた大学生風の女性店員さんが話しかけてきた。



「メニュー表をご覧になっていてください」



負けない。

私は負けない。

私は1990年産の男である。

32年物だ。


さも「あぁ、はいはい、メニューね、メニュー。分かってますよ、どうしましょうかね」という男らしい表情をしながら、思案の挙句、店員さんに伝えるのだ。


ビールをひとつ。



ウイスキーやワインは無理。
分からん。分からんし、明日の仕事に支障が出る。明日の仕事のことを考えるあたり、私は振り切った大人になっていない。



困った時のビールである。


あぁ、同じような境遇の企業人が、全国にあと何人いるんだろう、と思っていると、店員さんに言われた。


「お隣の席にお客様がいらしてもいいですか?」


いいですよ?

もちろんですとも。

どうぞ、どうぞ。


10席くらいのカウンター席、私の隣に来たのは50代のおじさんだった。たぶん会社員。


おじさんはさっきの
女子大生風の店員さんに言うわけ。


「いやぁ、今日は寒いねぇ」


女子大生風の店員さんは、返すわけ。


「寒いですねぇ」



知り合いだ。

この2人は知り合いだ。



おじさんは女性店員さんに言う。


「なんだか、今日の〇〇ちゃんの髪型は
 マイケル・ジャクソンみたいだねぇ」

「ムーンウォークのですか?」

「うん、ムーンウォークの」



なんだこの会話は。



わかんないけど、この50代のおじさんは、カウンターの向こうにいる女子大生風の店員さんメアテに来てるっぽい。

その子に対して「マイケル・ジャクソンみたいだねぇ」って言うか? 否、私なら言わない。


特定の女優は思い浮かばないが、もっと他があるはず。マイケル・ジャクソンみたいだね、と言われて喜ぶ女性は日本に何人いる?


「いつかは1人でバーに行って、誰に話しかけられることもなく、お酒を一杯二杯、味わいたい」


もっと高尚なバーに行けば、こんな会話はないのかもしれない。理想と現実はこうも違うか。


女性店員さんが、おじさんに尋ねた。


「ご注文はいかがいたしますか?」



おじさんは私の隣で答えた。


「あー、グラタンをひとつ」


なんでやねん。

なんでバーに来てグラタンを頼むねん。

ちゃうやろ。

何時やおもとんねん。夜10時やぞ。

なんで腹を満たしにきとんねん。



陰気である。

1人でバーに来て、店員さんにも相手にされず、スマホをピコピコして、隣に来た50代のおじさんと店員さんの会話に耳をすませる。


その会話をこの記事で書く。

おもしろいかな、と思って。


こんなはずじゃなかった。

大学生のときに描いていた理想のバー通いは、
こんなはずじゃなかった。

なんて思いながら、ニヤッとしてお店を出た。


〈あとがき〉
だれが自分の会話を盗み聞きしているか分からないものです。おじさんはグラタンの後にフィッシュ&チップスを頼んでムシャムシャ食べていました。美味しそうでした。私はビールを2杯だけ飲んでお店を出ました。スマホをピコピコしてますから話しかけづらかったのかもしれません。店員さん、私はこの記事を書いていたんですよ。今夜もありがとうございました。

▶︎バーに憧れた大学時代の私はコチラに保存



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