あたしのこと、いつから好きだった?
「いつから好きだった?」
同じ中学、同じクラスの女友だちがそう聞いてきた。場所はホーカゴの掃除時間の教室後方。他の掃除当番の友だちは離れたところでアホみたいにホーキで野球をしている。
窓の外では雨粒がリズムよく叩きつけ、空気に少し湿り気が混じっていた。はず。
彼女の視線はまっすぐ。照れくささの濃度を限界まで希釈した自然な態度。あの態度、カルピスだとしたら薄味。
彼女は私と同じ2年B組の生徒なのだが、いつも不思議な雰囲気を漂わせている子だった。たとえば海外映画に詳しい。小説に詳しい。ディズニーランドに詳しい。北海道の田舎の学校なのに。
あの年齢の女子特有の達観性。そういう女子にはたいてい歳の離れたお兄さんがいるものだが、彼女もそうだった。
不思議な雰囲気をさらに増幅させていたのは、彼女がいつもレモンキャンディを持ち歩いていたこと。
お菓子を学校に持ち込むという心意気。先生を恐れず我が道をゆく意志の強さ。あの心意気がカルピスだとしたら、味はさぞかし濃ゆい。
休み時間になると「甘すぎないから」と言って、近くの席の生徒にキャンディを一粒ずつ配っていた。だから彼女の周りはなんだかいつも柑橘系の香り。
そういう女子が私に聞くのだ。
「あたしのこと、いつから好き?」
私はwindows97のイルカのように固まってしまった。できたてのニキビがおでことアゴにひっついているような私。
あたしのこと、いつから好き?
こいつ。
なぜ好きが前提? WHY?
彼女の手にはその日もレモンキャンディが握られていたのだが、それが彼女の真剣な顔に似合わない。
どう答えていいのかわからなくて目を逸らそうとした。聞こえないフリ。男はいつだって聞こえないフリをする。だが彼女は私の左手をむんずとにぎってきた。何かと思えば、レモンキャンディを差し出してきたのである。
「これ食べて考えてみて。いつからあたしのことを好きなのか」
ずいぶん真面目な顔でいらっしゃる。
私は右手にちりとり、左手にキャンディ。
「んー、そういうこと言われると、困っちゃうなぁ」と言いたいけど音には出せない。と同時にすごいなと思ったし、悔しいなと思った。
中学生のくせして友だちに対して「好き」という単語を音にできる胆力に。
中学生にとっての「好き」という単語って、恥部を口からポロリと出すかのような、決して言ってはいけない禁止用語のような、そういう恥と禁忌性がある気がする。
彼女は私が黙ったままでいるのを見て「冗談だよ」と笑った。
あまりに自然な彼女の笑顔をみて、胸の奥が少しだけ痛んだような。彼女は何事もなかったかのようにまたキャンディを握り、掃除を続けた。
「とても失礼なことをしたのではないか」という気持ちになった。なぜそういう気持ちになったのかよくわからない。思い違いだとも思う。
あのとき、もしも。
「はじめてキャンディもらったときからだよ」と答えていたとしたら。
いったいどうなっていたんだろう。
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