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日焼け。

先週、仕事で富良野に行っていた。

北の国からの富良野。ラベンダーの富良野。私のひいおばあちゃんは富良野の人だったから、小さなころは毎年富良野に行っていて、それ以来の富良野だから15年以上ぶりである。ぶりぶり富良野だ。

山の中での仕事で、早朝から日が暮れるまでずーっと外にいた。その日はとても天気がよかったのだが、私は日焼け止めも塗らずに山の中に立ち尽くしてしまった。15時くらいに天啓というか、ふと気づいたのである。

「あれ? これってもしかすると肌がこんがりと焼けてしまっているのでは?」

まあいいか。最近は男性もスキンケアに余念がないが、私の中ではまだ日焼け止めを塗って外に出るという風習が確立されていない。歳を重ねたあとの肌が怖いが、まあそれも自然の摂理のうちだから、あるがままでいたい。


その日1日は大変だった。なんせずっと外にいたのだ。森の中だ。オニヤンマ、アブ、コオロギが渋谷スクランブル交差点の人間たちくらいにいた。スクランブル交差点の映像はたまにYouTubeのライブ映像でボーっと見たりする。

そんな中にいたから当然というべきか、耳元で「ブ───ン」という虫の羽音が聴こえ「どわっ!」とのけぞった。たくさんのスズメバチに取り囲まれていたのだった。

まるで、漫画でたまにある「目に視えない系」の「小型飛翔式爆弾を使うような敵キャラ」が、

「くくっ、貴様そのままでいいのか? 動くと死ぬぞ?」

と言ってきたときのような。「えっ?」と思った主人公が目を凝らしたら、自分の周りを小さな小型飛翔式爆弾にすっかり取り囲まれていて、絶体絶命の大ピンチみたいな。

命の危険を感じる。ていうか生理的にムリ。

森の中での仕事に慣れている方からは「イトーくん、スズメバチはビビると襲ってくるから、どんなに怖くてもビビらないのが吉だよ」と言われる。

あ、そうかそうか、と腑に落ちて、それ以降はたとえ耳元でどれだけ「ブーン」と鳴っても、なんなら耳の中にスズメバチがいるんじゃないかというほどの音だったとしても、泰然自若とした、風林火山でいえば「林」のような、虚無の表情でいることを心掛けた。

すると言ってた通り、たしかにスズメバチは襲ってこなかった。全身黒ずくめの服装をしていたのに。

要するに、大変だったということが言いたい。1日ずっと日光が照りつける電子レンジのような暑さの山の中、スズメバチが大量にいるような環境下に身を置き、ちょっとだけがんばって仕事をしていたのだ、ということが言いたい。



昨日、札幌市内のある企業と仕事があった。はじめてお会いする方との仕事である。先方は健康的な肌の色をした40代の男性。名刺交換をする。開口一番言われた。

「イトーさん、さては……ゴルフですね?」

そう言われてすぐその言外にある意味を悟る。肌の色がこんがりと焼けているのだろう。先方は私の肌を見て「きっとゴルフ焼けにちがいない」と考えたのだと思われる。

先週富良野に行ってからというもの、多くの人に会ったが、だれもこの肌について指摘してくる人はいなかった。この方がそう指摘してくるということは、おそらく私の肌は相当にこんがりしたパンのようになっているのだろう。

「いえ、実は先週ずっと仕事で富良野の山の中にいまして」

こう答えると先方は「え、そうなんですね」と驚いた表情をしていた。

彼は私が富良野の山の中でスズメバチに怯えながらも仕事をしていたという事実を知らない。それを「ゴルフ」というブルジョワの楽しい遊びの中で焼けたのだと思われたことは少しだけ心外であったが、見る人がみれば「こいつはゴルファーにちがいない」と思っても仕方ない。


にしても、富良野から家に帰ったとき、妻からは肌が焼けていることについて、特になにも指摘されなかった。先週からの1週間、妻を含めただれからも日焼けについて指摘されていない。

昨晩自宅に帰った私は妻に聞いてみた。

「ねえ、おれってば日焼けしてる?」

こう聞くと妻はなんと答えたか。


「まっくろ。そこに日焼け止め置いてあるよ」



まるで部下が過ちに気づくまで野放しにするような、理想の上司然としたマネジメント術をみせてきた。

見習おうと思った。


<あとがき>
妻に「え、めちゃ黒い?」と聞いてみると「うん、太陽の至近距離にいた人みたい」と言われ、太陽の至近距離にいくと焼け死ぬよなぁと思いました。そういえば「ゴルフですか?」と聞いてくれた方にも「いやぁ、ずいぶん健康的な太陽焼けをしている方だなぁと思いまして」と言われました。太陽焼け。今日も最後までありがとうございました。

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